第三章 豪雨、すなわち嫉妬

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  ──東京・四谷──  ローテーブルに転がる腕時計が午前6時を刻んでいる。栄養ドリンクの空き瓶の隣には吸殻が山盛りになったアルミの灰皿。  ベッドに突っ伏していた早河は薄く目を開けた。何やら耳障りなバイブレーションが聞こえる。 これは携帯電話の着信だ。帰宅してから携帯をどこに置いたのか記憶がない。ベッドに伏せたまま彼はサイドテーブルに腕を伸ばした。 硬い感触を掴むと小刻みな振動が手に伝わる。マッサージチェアの振動は気持ちが良いと感じるが携帯電話の振動はどうしてこうも気持ちが悪いのだろう。 『……もしも……』 {ハロー! マイダーリンーッ!} 携帯から聞こえてきた矢野一輝の声に早河は携帯を耳から数センチ離した。 『……朝からうるせぇなぁ』 {朝は元気におはようございまーすって学校の先生が言いませんでした?} 『お前の挨拶は元気じゃなくてうるさい』 {ダーリンはつれないなぁ。風邪の具合はどうですかー?} 『別に。良くも悪くもなってねぇよ』  寝返りを打って仰向けになる。こめかみがズキズキと痛んだ。 正直に言えば悪化している。薬を飲んで誤魔化して、昨夜はメルシーで飲酒した。 メルシーの上等な酒で悪酔いするとは思えない。これは風邪の頭痛だ。 『そっちの状況は?』 {こっちも良くも悪くも……ですかねぇ。今のところは何も起きていません。なぎさちゃんもよく動いてくれています} 『そうか。……玲夏は?』 {撮影に集中してますよー。例の手紙や事務所への嫌がらせのことも抱えてるのにそんなこと感じさせない堂々とした芝居でさっすがプロの女優ですよ。昨日は玲夏ちゃんの濃厚キスシーンまで見れましたからね}  電話の向こうで矢野のにやけた顔が想像つく。相手がわざわざ言わなくてもいいことまで言うときはこちらの反応を試している時だ。 『……玲夏となぎさに何もないならそれでいい』 {キスシーンはやっぱり今でも気にします? 玲夏ちゃんと付き合ってる時はそんな素振り見せませんでしたけど、実はこっそり妬いてたとか?} 『アホ。早く容疑者達の情報報告しろ』 {本当は妬いてるくせに} 『何か言ったか?』 {いえ、なんでもないでーす。じゃあ現段階の報告いきますよー}  早河は起き上がり、手帳に矢野の情報を書き留めた。現時点の情報では脅迫の手紙の差出人も嫌がらせの犯人も絞れない。これではなぎさが頭を悩ませるわけだ。 (今は、何も起きていないが……)  何かが起きる。そう思えてならなかった。
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