第三章 豪雨、すなわち嫉妬

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   ──東京──  午前10時。玲夏のマネージャーの山本沙織は品川駅の新幹線乗り場に向かっていた。 担当しているタレントの仕事が予想外に延びて、本来なら朝イチの新幹線で神戸に向かう予定がこの時間になってしまった。  ADの平井透が死亡したことは一ノ瀬蓮のマネージャーを通じて電話で聞かされた。事務所社長の吉岡にも撮影スタッフから連絡が行っている。 平井の死は不幸なことだが、撮影は続行の方向で話が進んでいるとのことだ。とにかくこれ以上トラブルが起きる前に玲夏の側に急がなければ。 看板女優の玲夏を守ることがマネージャーとしての責務だ。  沙織は新幹線の改札を抜けてホームに急ぐ。階段を降りる時に背中に何か当たった感触がした。直後、彼女はバランスを崩して階段を踏み外した。 「……っ……きゃあっ……」 とっさに手すりに掴まって足に力を入れる。肩に提げていたバッグと荷物を入れたキャリーバッグが階段を転がり落ちた。 (何が起きたの?) 手すりに掴まったまま崩れ落ちる。心臓の動きが速かった。 『大丈夫ですか?』  下にいたスーツ姿の男が沙織のバッグを抱えて駆け上がって来る。膝が震えて自分では上手く立てず、男の手を借りて立ち上がった。 『足を踏み外したんですか?』 「はい……そうみたいです。転がり落ちなくてよかったです」 冷や汗が止まらない。沙織のキャリーバッグは別の男性が階段の下で拾って立て掛けてくれた。  彼女は助けてくれた二人の男に礼を言って、新幹線ホームの乗車位置で立ち止まる。冷静になって考えると、足を踏み外した記憶はない。 (あれは誰かに背中を押されて突き飛ばされたとしか思えない)  ……一体、誰が?          *  津田弘道は駅ナカ商業施設と呼ばれるエキュート品川に入った。沙織を突き飛ばしてすぐにその場を離れた津田は沙織が手すりに掴まって難を逃れたことを知らない。 彼は口元に薄ら笑いを浮かべていた。
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