第四章 雷雨、ところにより陰謀

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 早河は洋間を挟んだ向こう側の台所でゴミを漁り続けている。 真紀は真剣な顔つきでゴミを漁る早河を横目に見てパソコンを起動させた。パソコンは静かな起動音を立ててやがてトップ画面が現れた。 トップ画面を見た真紀は息を呑む。 「平井が一ノ瀬蓮を殺害しようとしていたのなら、その動機が判明したかもしれません」 『何?』  早河は掴んでいたゴミを投げ捨てて和室に入った。真紀がデスクトップのパソコンを指差している。 「これ、玲夏でしょう?」 早河は無言のまま、真紀が指差す画面を見つめた。パソコンのトップ画面は本庄玲夏の写真だった。 雑誌かポスターか、玲夏の何らかの写真を平井はトップ画面に設定していた。 『吉岡社長の話では平井は玲夏の熱烈なファンらしい。もしかすると玲夏に本気で惚れていたのかもな』 「ちょっと寒気がしてきました。アイドルの画像待ち受けにしてるタイプの男、苦手なんですよ」 『確かにこれには俺も薄気味悪さを感じる。隠し撮りのデータもあるな』  写真のデータフォルダには玲夏を隠し撮りした写真が何枚もあった。マウスを操作して画像を切り替える早河の横顔を真紀が見つめる。 『……なんだ?』 「玲夏が隠し撮りされたりしているのに意外と冷静なんですね。刑事として捜査に私情は挟みませんが、でも玲夏の友達としては何て言うか……その反応は寂しいかなって」 『仕事だからな。冷静に向き合うしかない。怒り狂ってもどうせ平井はあの世だ』 早河の言う通りだ。何を思ったところで平井は死んでいる。死んでしまった人間には怒りをぶつけることもできない。 早河の冷静さを見習って真紀も気持ちを切り替えた。 「玲夏にあの手紙を送ったのも玲夏の事務所への嫌がらせも犯人は平井なんでしょうか?」 『まだわからない。この部屋には犬もいないしな。けどストーカー心理の大半は愛情が憎しみに変化したものだ。ただ、陶酔する女と欲の捌け口の女は別のようだな』  パソコンから離れて再び台所に戻った彼は板張りに放り出したティッシュの包みを持ち上げた。 「それは?」 『見たくないものだろうが使用済みのコンドーム』 「……できれば見たくないものですね」 『酷なことに小山はこれを科捜研に持っていくお役目があるんだよ。コンドームに付くのは精液だけじゃない。ここから相手の女のDNAが採れる』  よもや証拠品の押収をするとは思わなかったが、早河は持参したジップロックのビニール袋にティッシュに包まれたコンドームを入れた。 「違法捜査で入手した証拠品は裁判では使えませんよ」 『わかってる。これはホシを落とす材料だ。平井の女が誰かわかるだけでも充分だろ』 「平井の相手の女が怪しいと?』 「女を追えば何か掴めるかもしれない。DNAが採れただけじゃ意味ねぇよな。照合するサンプルが必要だ」 彼は板の間にあぐらを掻いた姿勢で携帯電話のメール画面を開く。宛先はなぎさと矢野だ。二人へのメール送信を終えた早河はがくっと頭を垂らした。 「どうしたんですか? 気分悪いんですか?」 『微熱だったんだけどな……熱上がってきたかも』 「熱って……」 早河の額に真紀の手が触れた。想像以上に熱い。 「微熱どころじゃないですよ! あとは私がやります。先に車に戻って休んでいてください」 『ああ……。もしコンドームから女のDNAが採れなかった場合も考えて、その、なんだっけ、ミルフィーユ……』 「ミルフィーユアイスですか?」 『そう、それ。この地域のゴミの日は火曜だ。多分まだ容器やスプーンのゴミが残ってるはず』 「わかりました。探しておきます」 『頼むな』  真紀に玄関まで支えてもらって平井の自宅を出た。外に出ると湿度の高い空気が肌にまとわりついてさらに気分が悪くなる。  アパートの錆び付いた階段を降りる時、電柱の背後に人影が見えた。男だ。顔はマスクをして隠れている。 マスクの男は早河が階段を降り始めると逃げるように走り去った。 (俺達を見張ってたのか? まさか津田? これは津田の顔写真を手に入れる必要があるな) 熱でふらつく体を手すりで支えて地表に降り立った早河は左右を警戒しながら足早に車に戻った。
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