第四章 雷雨、ところにより陰謀

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 熱のある早河を四谷の探偵事務所まで送った後、平井の家から押収した証拠品を科捜研に届けた真紀はようやく捜査一課のフロアに帰って来た。 正式な証拠品ではない鑑定依頼に科捜研職員の小坂は渋っていたが、最後は真紀の頼みを引き受けてくれた。 (疲れた……。小坂くんには今度何か奢ってあげよう。それにしても私に違法捜査させるなんて早河さんも矢野くんも鬼だ。バレたら懲戒処分ものなんだからっ)  疲れた身体でデスクに突っ伏した。やらなければならない仕事が溜まっているのはわかっているのに動けなかった。 フロアにいなかった同僚の原昌也がコンビニの袋を提げて現れた。真紀は慌てて伏せていた顔を上げる。 『小山ー。ずいぶん疲れてるようだな。何をしてそんなに疲れているんだ?』 「えっと……聞き込みの途中でひったくりの現場に遭遇しまして、ひったくり犯を追いかけ回していたので……」 ひったくり事件は口から出任せだ。今は刑事ではない早河と共に令状のない家宅捜索を行ったとは同僚の原であっても言えない。 『ほぉ? 俺達が明鏡大の捜査をしている時にお前はひったくり犯と鬼ごっこか。ひったくりを捕まえるのはかまわないが、半日近くも俺や上野警部に連絡もなしに単独行動ってのは見過ごせないな』 「すみません……」 『さっき科捜研の所長から上野警部に連絡があった。お前が頻繁に明鏡大の事件とは別件の証拠品を持ち込んで鑑定させてると。警部は自分の指示だと上手いこと言って誤魔化してたけどな。単独で何を調べてる?』 原の探るような視線が痛かった。これ以上隠し通すのは無理だ。 「友人に個人的に頼まれた仕事なんです」 『上野警部は知ってるのか?』 「はい。警部には事情を話してあります」 『なるほどな。だから科捜研から電話があっても警部はケロっとした顔で笑ってたのか。ほら、エナジーチャージしておけ』  原はコンビニの袋から栄養ドリンクの瓶を出して真紀のデスクに置いた。彼は同じドリンクを立ったまま飲み干している。 現在、捜査一課の頭を悩ませている明鏡大学准教授殺人事件の捜査で刑事達は食べる暇も寝る暇もない。そんな最中に私用で捜査を離脱してしまったことを真紀は反省した。 「いただきます。警部にも原さんにもご迷惑をおかけして申し訳ありません」 『いいさ。お前も色々大変なんだな。明鏡大の捜査に手を抜かないならそれでいい。俺は今から仮眠してくる』  原の背中を見送り、彼から頂戴した栄養ドリンクの蓋を開けた。旨いとも不味いとも言えない、形容しがたい味の栄養ドリンクが喉を通る。 熱のある早河があの後、病院に行ったのか気になった。無理やりにでも病院まで送っていった方がよかったのではないか。 (早河さん病院行くようなタイプじゃなさそう。熱のこと玲夏にもなぎさちゃんにも内緒にしてって頼まれたけど……)  ブラインドが上げられた窓の外は黒い雲に覆われていて、日没間近のような薄暗さだ。 予報では東京は夜にかけて天気が崩れ、ところにより雷雨となるらしい。 (差出人不明の謎の手紙と女の存在……玲夏の事件と明鏡大の事件は偶然にしては似ているのよね)  玲夏に届けられた殺人予告の手紙と平井透の死、そして別件の明鏡大学准教授殺人事件は発生日時や場所の違いはあっても何かが似ていた。 そのが掴めそうで、まだ真紀には掴めなかった。
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