第四章 雷雨、ところにより陰謀

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 エスポワール事務所を出ると嫌になるほど降り続く雨が地面に打ち付けている。 『俺は今から真紀ちゃんに例のモノ渡して来るから』 矢野の言う例のモノとは、早河に頼まれた女性容疑者のDNAが採取できる物のこと。速水杏里の毛髪、香月真由が使用した割り箸、乃愛が噛んだチューインガム、念のため玲夏にもらった彼女の毛髪。 『なぎさちゃん帰り道気を付けてね。雨も降ってるしタクシー呼ぶ?』 「平気です。寄りたい所もあるので電車で帰ります」 『そっか。じゃあまた明日』 「お疲れ様でした」  ここから乃木坂駅まで徒歩数分。矢野と別れたなぎさは乃木坂駅から千代田線に乗り、国会議事堂前駅で丸ノ内線に乗り換えて四谷三丁目駅に到着した。 四谷に着いた頃には16時を過ぎていた。  そのまま雨の降る新宿通り沿いを歩いて馴染みのCDショップに立ち寄った。 今日はロックバンドUN-SWAYEDの新曲、〈迷宮回廊〉の発売日。迷宮回廊は現在放送されている本庄玲夏主演の刑事ドラマの主題歌だ。 UN-SWAYEDの新曲は発売と同時に即日完売すると言われている。CDの事前予約をしていたなぎさは予約票をレジに持っていき、品物を引き取った。  珈琲専門店Edenの前を通り過ぎる。今月に入ってからまだEdenに寄っていない。そろそろ事務所の買い置きのコーヒー豆もなくなる頃だ。 通り過ぎた道を引き返してEdenの扉を開けた。店内にはコーヒーのいい香りが漂っている。 一階の販売スペースにこの店のオーナーの田村を見つけた。 『いらっしゃいませ。いつもありがとうございます』 「田村さん。お久しぶりです。一階にいるのは珍しいですね」 『新作の豆の売れ行きを確認したくて』 商売上手な田村の接客でなぎさはいつも事務所に置いている豆と一緒に新作の豆も購入してしまった。 『最近お忙しそうですね』 「探偵事務所が忙しいのもどうかと思うんですけどね」 田村の字で書かれた領収書と商品を詰めた袋を受け取ってなぎさは苦笑いを返した。 『また早河さんといらしてください。お待ちしています』 「はい。それじゃ」  田村が犯罪組織カオスのスコーピオンであることをなぎさはまだ知らない。彼女はEdenを後にして早河探偵事務所に足を向けた。
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