第五章 天泣、ときどき迷宮

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 社長室から早河が出てきた。廊下を歩く彼はソファーの一角にいるなぎさと蓮に目を留める。先に早河が蓮に会釈し、蓮も無言で早河に頭を下げた。 『なぎさ、ちょっと』  早河に手招きされたなぎさは彼と共に廊下の隅へ。蓮はこちらの様子を気にしているようだが、その場に留まっていた。 『俺は矢野と合流するから、玲夏のこと頼む』 「はい。玲夏さんの様子は……?」 『ひとまず落ち着いた。アイツは根っからの女優だ。もう女優を辞めるとも言わないだろう』 「そうですか……良かった」 ホッとしたと同時に気分が沈む。早河が玲夏にどんな言葉をかけて励ましたのか、二人きりの社長室で何をしていたのか、気になって仕方ないのに、聞けないもどかしさ。  エレベーターホールに向かう早河を見送る。彼は振り向いて神妙な顔つきでなぎさを見下ろした。 『お前、昨日いつ帰った?』 「えっと、所長が寝てしまったので、片付けをしてすぐに……。あの、熱は……?」 『おかげで下がった。なぎさが買ってきたあの薬が効いたみたいだ。ありがとな』 彼の柔らかな微笑みに、またひとつ好きが増えて夢中になる。 「熱が下がって良かったです。所長が元気じゃないと困りますからね」  早河への恋心も玲夏への嫉妬も、悟られないように、気付かれないように。 なぎさは笑顔の仮面を貼り付けた。
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