第五章 天泣、ときどき迷宮

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 品川区勝島に位置するしながわ区民公園は真っ暗な闇に包まれている。公園内のキャンプ場に着いた津田弘道は吸っていた煙草を地面に捨てて踏み潰した。 「こっちよ」 彼女の声がする。暗闇に目が慣れるとベンチに座る人影が見えた。津田はベンチに歩み寄る。 『こんなところに呼び出してどうしたんだよ。いつものように俺の家に来ればいいのに』 「ごめんなさい。今日はここでどうしてもあなたと会いたかったの」  闇の中でもわかる彼女の小さな顔が微笑んでいる。彼女は津田の腕の中に飛び込んだ。彼に甘えるようにキスをせがみ、二人は唇を接触させる。津田の片手が彼女の背中から腰をなぞり、スカートの中に潜り込んだ。 『ここでしちゃう?』 「恥ずかしいけど……しちゃおうかな」  本能のまま欲に溺れる津田の無防備な背中越しに彼女はバッグから拳銃を取り出した。 計画はこれで終わり。最後にこの男を殺せば、すべて思い通りになる。一番欲しいものが手に入る。  悪魔のような笑みを浮かべて彼女は拳銃を津田の頭部に移動させ…… 『そこまでだ』  眩しい光が彼女と津田に浴びせられる。突如明るくなった視界に津田は触れ合っていた彼女から離れて目を瞑った。 『な、なんだ?』 騒ぐ津田とは対照的に彼女は光から逃れずに唖然として立ち尽くした。懐中電灯を持つ二人の男と、男二人の隣で女が拳銃を構えてこちらを威嚇している。 二人の男のうちのひとりに彼女は見覚えがある。あの男は一ノ瀬蓮の付き人の矢野と言う男だ。何故、矢野がここにいる? 「銃を下ろしなさい」  拳銃を構える女は彼女の知らない女だった。おそらく刑事だろう。 『銃っ? どうして……まさか俺を……』  津田は彼女の手にある重々しい銃器を見て尻餅をついた。自分が殺されるとは微塵も思っていなかったようだ。 矢野ではない、もうひとりの男が懐中電灯で津田を照らす。スポットライトを当てられた津田はまるで三流のコメディ役者だ。 『速水杏里がすべて話してくれた。不倫スキャンダルをネタに速水杏里を脅して本庄玲夏に嫌がらせをするよう命じたのは津田弘道、あんただよな?』 『俺は何も知らねぇよ! ただ速水杏里使って本庄玲夏を潰せって頼まれて……』 『そう、速水杏里はお前の指示で動いていたが、お前も別の人間の指示で動いていた。リモートコントロールのようなものだな。津田に命じて速水杏里を使って本庄玲夏に嫌がらせをしていたのは君だ』  男の持つ懐中電灯の光が“彼女”に向く。暗転からの場面変更。 『黒幕は君だろう。沢木乃愛』 ライトに照らし出されたのは拳銃を手にして無表情に立っている沢木乃愛の姿だった。
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