第一章 梅雨、たびたび動揺

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 都内のタワーマンションの二十三階の自宅で本庄玲夏は窓辺に寄りかかっていた。 時刻は22時、暗闇に浮かぶ雨粒と稲光の光景が大きな窓ガラスの額縁に収まっている。 (今夜は嫌な雨だな)  ベッド横のサイドボードの引き出しから細長い黒色の小箱を取り出した。中にはシルバーのネックレスがあり、ペンダントトップは翼の形をしていた。 このネックレスはまだ早河と玲夏が恋人だった頃に彼にプレゼントされたものだ。 玲夏の翼は右側、早河の翼は左側、翼を型どった銀色のプレートの裏側には二人のイニシャルが刻まれている。 「まだ捨てられないなんて、馬鹿みたい」 ネックレスを握り締めて玲夏は独り言を呟いた。  あの日 耳にした雨の音も  あの日 服に染み付いた雨の匂いも  最後に交わしたサヨナラのキスも  今でも全部、覚えている  目の高さまでネックレスを掲げて揺れる右側だけの翼を見つめる。残ったのは右の翼だけ。左の片割れはもういない。 (仁はまだこれを持っているのかな) 丁寧に箱に戻されたネックレスは再び引き出しの底に沈む。 “サヨナラ”の言葉は言う方も、言われる方もどちらも辛い。  午前零時を過ぎて日付が5日から6日に変わっても雨は止まず、暗闇の中で降り続いている。 網戸にして開け放たれた窓の側で早河仁は煙草をくゆらせていた。 玲夏と別れたあの日もこんな風に土砂降りの雨が降っていた。雨の音も聞こえなくなるほど愛し合った最後の日。 握り締めた左手を開くと左側のみの翼のネックレスが姿を現した。 『いい加減に捨てないとな……』  翼の行き先は戸棚の引き出しの中。チャラ……金属音が触れ合う音が雨音の響く世界でやけに大きく聞こえた。
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