第一章 Audience

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 舞台の演出家と出演者が玲夏の楽屋を訪れた事をきっかけに早河となぎさは楽屋を辞した。 蓮も馴染みの演出家と少し話をした後に楽屋を出て、早河達と共に劇場の外に出る。蓮のマネージャーが駐車場で待機していた。 『一輝は元気にしていますか? アイツとも夏に会った以来だから』 『忙しくしていますけど、いつも煩いほど元気ですよ』 潜入調査をするなぎさのフォローをする形で矢野も半年前のドラマの撮影に同行していた。その時に矢野と蓮はかなり親しく打ち解けていた。  マネージャーの車に乗り込もうとした蓮は振り返り、かけていたサングラスを持ち上げた。 『乃愛はまだ裁判中ですよね』 『ええ。判決はまだ出ていません。事件当時の彼女が未成年だったことや、犯した罪が殺人教唆罪だったことで判決が延びているようです』 半年前の事件の主犯だった元女優の沢木乃愛は現在は東京拘置所に勾留されている。 『一ノ瀬さん。余計なことかもしれませんが、沢木乃愛の件であなたが責任を感じることはない。裁かれるべきは沢木乃愛の弱さにつけこんで利用したファントムです』 『わかっています。だからもし黒崎がそのファントムとか言う奴なら俺は絶対に黒崎を許せない。玲夏とはまた違うけど俺にとって乃愛は大事な後輩でした』 蓮を乗せた車が劇場の駐車場を去った。 「一ノ瀬さん本当に玲夏さんのことを大事に想ってるよね」 『そうだな。玲夏が俺のこと鈍感探偵って言うけどアイツだって鈍感女優だ。いい加減、一ノ瀬蓮の気持ちに気付けばいいのに』 「近すぎるからこそ気付けない気持ちもあるんだよ」  寒空に街路樹の枯れ葉が揺れている。二人は手を繋いで歩き、寒さに身を竦めた。 『黒崎来人……今までノーマークだったが調べてみる必要はあるな』 「乃愛ちゃんが、ファントムは芸能界に詳しい人間かもしれないって言っていたのよね」 『ファントムの職業が役者ならそれも当然だろうな。……どれにする?』  駐車場の側の自販機に小銭を入れた早河がなぎさに聞く。なぎさは自販機に並ぶ飲み物の列から一番右のボタンを押した。 「あったかいココア!」 『また甘そうなものを……』 苦笑いした早河はホットココアの缶を取り出し口から出して彼女に渡し、自分はホットコーヒーを選んだ。 冬の晴天の下で彼は思う。 この何気ない幸せが続けばいい。 ずっと、ずっと……。 第一章 END →第二章 Doll house に続く
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