第二章 Doll house

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 東京都三鷹市の市民センターの公会堂では今日午前9時より三鷹市出身の元衆議院議員の講演会が行われる。 午前8時。市民センターの駐車場に停車した車からスーツを着た年配の男が降りてきた。男は太い首を襟元から窮屈そうに出してネクタイの歪みを直す。 『竹本先生、おはようございます。本日は宜しくお願い致します』 『やぁ、どうもどうも』 出迎えの職員に愛想のいい笑いを返した男の顔が次の瞬間には銃声によって苦痛に引き裂かれる。男は左胸に空いた穴から赤い液体を滴らせて灰色の地面に倒れ伏した。 居合わせた者達の悲鳴があがる。 『竹本先生っ!』 『救急車! それと警察……!』 『ダメだ。もう死んでる……』  右往左往と慌てる人間達の様子をスコーピオンはライフルのスコープ越しに鑑賞していた。彼がいるのは市民センターから南西2㎞先の七階建てマンションの屋上。 『標的(ターゲット)の死亡確認しました』 インカムに向けて報告する。 {ご苦労様。次の目的地に向かってくれ} 『了解』  キング、貴嶋佑聖の命令に従ってスコーピオンの姿は屋上から消えた。          *  三鷹市民センターの駐車場で発生した狙撃事件の連絡はすぐに三鷹警察署から警視庁に伝達され、捜査一課の上野恭一郎と小山真紀は三鷹市に急行した。  パトカーの無線に狙撃された被害者の詳細な情報が入ってくる。被害者は心肺停止で死亡確認はとれているが、連絡を受けた時には元議員の50代男性としか知らされていなかった。 新たに無線に入った被害者の名前を聞いた真紀が眉をひそめる。 「竹本(たけもと)邦夫(くにお)……? その名前どこかで……」 『元衆議院議員で3年前に議員を辞職している』 「3年前?」 真紀が運転するパトカーはサイレンを鳴らして三鷹市に向かっていた。助手席の上野の表情は強張っている。 『竹本邦夫は3年前に佐藤瞬に殺された竹本晴也(せいや)の父親だ』  竹本晴也は3年前に佐藤瞬が犯した静岡連続殺人事件の最初の被害者であり、佐藤の婚約者を強姦した加害者だった。 (序章【白昼夢】より) 「竹本晴也の父親が今回狙撃された被害者……」 『竹本邦夫が射殺されたことと3年前の事件が関わっているのかはわからないが、これはカオスの仕業かもしれないな』  上野の携帯が鳴る。着信は現在入院中の警察庁の阿部警視だ。 『はい、上野です』 {三鷹に向かっているのか? 竹本邦夫がやられたんだろう?} 『ええ。まだカオスとの因果関係は不明ですが……』 {三鷹の狙撃はカオスの線が濃いようだ。悪い知らせが入った。府中刑務所と東京拘置所から受刑者二名が脱獄した} 『脱獄?』 上野は通話設定をスピーカーにして隣でハンドルを握る真紀にも阿部の話を聞かせた。 {府中刑務所から脱獄したのは佐伯洋介、東京拘置所からは沢木乃愛が脱獄した。それぞれ今朝の起床時間にはもう館内のどこにも姿がなかったそうだ。おそらく脱獄を手引きした者がいる} 『佐伯洋介と沢木乃愛……』 {もうわかるだろう。この二人はカオスに関係して犯罪を犯した人間だ}  元教師の佐伯洋介は昨年に女子高生連続殺人を犯し、6年前には幼なじみの女性を殺害している。 カオスでは通称ドラジェの名前を与えられた佐伯は女子高生売春組織MARIAの元締めでもあった。 (第二幕【金平糖】より)  元女優の沢木乃愛は半年前に先輩女優の本庄玲夏を殺害する計画を企て、計画に加担した男を別の人間を使って殺させている。 乃愛の通称はクリスティーヌ。 (第四幕【紫陽花】より) どちらも犯罪組織カオスが二人の計画の手助けを行っていた。 {脱獄した二名はまだ発見されていない。東京、千葉、神奈川、埼玉、関東の主要幹線道路の検問と主要駅に警官を配置して二人を捜している} 『このことを早河には?』 {これから知らせる} 『もしかすると早河になら脱獄した二人の行き先の見当がつくかもしれません。アイツはこの手のことに直感が働く奴です』 {わかった。警部はそのまま三鷹の狙撃の捜査に当たってくれ}  阿部警視との通話を終える。話を聞いていた真紀は次々と起きる異常事態に困惑していた。 「あの二人が脱獄したなんてどうして……」 『同時期にカオスに関係した受刑者の脱獄と3年前の被害者遺族の射殺……これは(はか)られたな』 間もなく三鷹市に到着する。パトカーの赤い光の群れが道路に集まっていて、近隣の小中学校の生徒達が校舎の窓に張り付いて興味深げに様子を窺っていた。
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