第二章 Doll house

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 港区に建つ汐留シティセンター前ではドラマの撮影が行われている。 ドラマやCM撮影にたびたび使用されるこの場所でのロケは特に珍しい光景でもなく、汐留シティセンター内のオフィスに勤務するサラリーマンやOLは撮影風景を少しだけ眺めた後にその場を去っていく。 しかし中には撮影風景の物珍しさに足を止めて見物していく観光客や通行人もいた。 海外から訪れた観光客、キャップにジーンズ姿の女性や缶コーヒーを片手に見物する男性は通行人だろうか。様々な理由でここを訪れた人達によって撮影現場付近には人だかりができていた。 『一輝。こっちこっち』  ロケバスで待機していた一ノ瀬蓮がバスの乗車口から手招きする。矢野は素早くバスに乗り込んだ。車内には蓮と蓮のマネージャーだけが乗っている。 『社長に聞いた。乃愛がここに来るかもって?』 『彼女が玲夏ちゃんのスケジュールを入手しているのなら来る確率は高いです。玲夏ちゃんは撮影中ですか?』 『玲夏は黒崎とのシーンの撮影。社長が監督やスタッフには知らせたから警戒はしてると思うけど……なぎさちゃんは? 一緒じゃなかったのか?』 吉岡社長からはなぎさもこちらに来ると聞いていた蓮はなぎさの姿がないことを不思議に思った。 『なぎさちゃんは玲夏ちゃんのマネージャーの山本さんと合流して先に現場に行ってます。俺もそっちに行かないと……』 『俺も行く。そろそろ出番なんだ。俺と玲夏が同じ場所にいた方が一輝達の動きが楽だろ?』 『その分だけ蓮さんの危険も増しますよ』 『構わねぇよ。俺だけ安全圏にいて玲夏を危険な目に遭わせることはできない』 衣装のジャケットを羽織った蓮は瞬時に俳優の一ノ瀬蓮の顔に切り替わる。彼のこの切り替えの早さはいつ見ても見事だ。 『それに俺は一輝となぎさちゃんを信じてる。もちろん早河さんもな』 『それは信用に値する働きをしないといけませんね』  ロケバスを降りて蓮のマネージャーと矢野、阿部警視が手配した護衛の警官が蓮を取り囲んで撮影現場に向かった。 現場ではまだ玲夏と黒崎が撮影中だ。遠巻きに撮影の様子を眺めていた矢野は蓮に小声で話しかけた。 『黒崎については調べていてひとつ気になる事がありました』 『なんだよ?』 『黒崎は高校時代に同級生が死んでいるんですよ。自殺で処理されていますがその同級生の死体の第一発見者が黒崎だったんです』 当の黒崎来人はこれから撮影するシーンのセリフの言い回しを監督と話し合っている。 『まさかそれを黒崎がやったとか?』 『いや……学校での首吊りでしたが死因に不明な点はなく、間違いなく自殺と判断されたようです。死亡推定時刻は午前7時頃……黒崎が発見した時間は死亡推定時刻の直後でした。発見した時にはまだ息があったのかもしれない』 『もし黒崎が発見した時にまだそいつが生きていたとしたら……ってこと?』  矢野は頷いた。巨大なビルの隙間から見える狭くて窮屈そうな青空がビルの窓に反射している。空が二つ存在しているみたいに見えた。 『いつも遅刻寸前で登校してくる黒崎がその日に限って朝早くに登校していたことも気になります。当時も警察ではそこを追及されていましたけど、黒崎はたまたま朝早くに起きて登校したら教室で死体を見つけたと』 『はぁ……都合の良い話だな』 『確かに。でも死因は自殺で間違いないことから警察も黒崎を調べることができずに捜査は終了』 スタイリストが蓮の衣装チェックに来て二人の話はしばらく中断する。スタイリストが去った後、話が再開した。 『自殺した同級生は黒崎と親しかったのか?』 『友達だったようです。その同級生は劇団に所属していて舞台にも出演したりして、それなりに人気があったらしいです』 『俺もその頃には芸能界にいたから、もしかするとどこかで顔を合わせていたかも。名前は?』 『三浦(みうら)英司(えいじ)。生きていれば黒崎と同じ33歳でしたね。もしも自殺していなければ、今頃は黒崎ではなく、三浦英司がこの場所にいて蓮さんと共演していた……なんだか、俺はそう思えてならないんですよ』  矢野は周囲に視線を張り巡らせる。今のところ目立った怪しい動きはない。少し離れた場所にいるなぎさもマネージャーの沙織と共に撮影を見守っていた。 (乃愛が現れるとすればロケ現場かスタジオのあるテレビ局か……。テレビ局は警備が厳重だ。事務所や自宅の侵入も難しい。となると、街中でのロケが一番狙いやすい)
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