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玲夏と黒崎のシーンが終わると見物人から拍手が沸き起こった。
スタッフジャンパーを着た女が玲夏に近付く。その姿は乃愛ではないが、女がジャンパーのポケットから出した銀色に光るナイフを見て矢野は叫んだ。
『玲夏ちゃん! 逃げろっ……!』
矢野の声に振り向いた玲夏にナイフを持った女が突進する。なぎさが玲夏の腕を引き、その反動で二人は地面に倒れた。
矢野が女を後ろから羽交い締めにして取り押さえる。もがく女の手からナイフを払い落とし、スタッフや刑事と協力してようやく矢野が女の動きを封じた刹那、見物人の群れから悲鳴が上がった。
見物人の群れが引いたそこには二人の人間が残っている。ひとりはスーツ姿の女性。
彼女は後ろから拘束されて首もとには細い刃先のナイフが当てられている。
もうひとりは眼鏡をかけて黒いキャップを被ったジーンズ姿の女。手に持つナイフを女性の首に当てたまま、女は反対の手でキャップと眼鏡を外して地面に捨てた。
キャップの中に押し込められていた長い黒髪が背中に流れる。カジュアルな装いの下から現れた素顔はかつて美少女コンテストでグランプリを獲得して芸能界デビューを果たした元女優の沢木乃愛。
『変装して見物人に紛れていたのか。俺としたことが見落とした』
玲夏に襲いかかってきたスタッフジャンパーの女を刑事に託した矢野は玲夏と、玲夏の側に駆け付けた蓮の前に立って盾になる。
「蓮さん、玲夏さん。お久しぶりです」
顔の造形は以前と変わらず美しいが生気は乏しい。虚ろな瞳を細めて乃愛は微笑んだ。
陶器の人形が笑っているような薄気味悪さを感じてなぎさは玲夏の服の裾をぎゅっと掴んだ。それに気付いた玲夏がなぎさの手に触れて彼女の手を握り締める。
乃愛に得体の知れない不気味さを感じたのはなぎさだけではなく、玲夏も蓮も矢野も同じだった。
乃愛の変わり果てた姿に玲夏も蓮も動揺を隠せない。
『乃愛……すっかり様子が変わっちまった』
「もう私達の知るあの子じゃないのかもしれない。……乃愛! その人を離しなさい」
玲夏が乃愛に向けて叫ぶ。乃愛はきょとんとした顔で玲夏を見つめた。
「じゃあ玲夏さんがこの人の代わりになってくれますか?」
やはり乃愛の狙いは玲夏だ。矢野は前のめりになる玲夏を腕で制して乃愛の背後を見る。
阿部警視が手配した警官隊が乃愛を取り囲んで拳銃で威嚇している。乃愛は威嚇されても人質を離さずに平然としていた。
人質の女性の身体は震えている。押し当てられたナイフの刃先が触れた首もとは皮膚が少し切られていて血が滲んでいた。
「わかった。私が代わりになるから!」
『馬鹿! 何言ってるんだ。お前にそんなことさせねぇよ!』
代わりに人質になろうとする玲夏を蓮が怒鳴り付ける。蓮は玲夏の腕を強く引いて抱き寄せた。
「だってこのままじゃ乃愛は……」
『対策もなしにお前を人質には行かせられない。そうだろ? 一輝』
『そうですね。乃愛の標的は玲夏ちゃんです。そうそう思い通りにはさせない。……阿部警視、乃愛から人質を引き離せれば発砲は可能ですか?』
矢野は阿部と通話の繋がる携帯を耳に当てた。
{そちらの映像は確認したが周囲に人が多すぎる。発砲はあくまでも威嚇の為だ}
『では人質が乃愛から離れた一瞬の隙さえ作れば……』
{その一瞬の隙に確保する}
阿部警視との意志疎通はできた。矢野はまずなぎさを見て、それから玲夏と蓮を見る。
『玲夏ちゃん、蓮さん。俺に命預けてくれる気、ある?』
普段は調子よくヘラヘラとしている矢野の、いざというときの頼もしさになぎさはいつも驚かされる。
『何か考えがあるんだな?』
『一か八かの賭けってところですね。ただ玲夏ちゃんと蓮さんには無茶をさせることになりますが』
「いいよ。どうせこのままじゃいられないなら、何もしないよりはマシ。一輝くんに命預けるよ」
玲夏は蓮と顔を見合わせる。蓮も苦笑いして頷いた。
『一輝、俺達はお前を信じてる。俺も命は預けた』
「だから一輝くんも約束して。私達を守る前に自分の身を守って。あなたに何かあったら私が真紀に怒られちゃう」
矢野の胸元を玲夏が拳で軽く押した。矢野は拳に込められた想いを受け取って笑う。
『俺も真紀を残しては死なないよ。この世に絶対なんてものはない。けど最善を尽くすことはできる』
決意を固めた矢野はなぎさに耳打ちした。
『なぎさちゃんはここにいて』
「でも……」
『黒崎の姿がどこにもない。もし黒崎がカオスの人間なら、なぎさちゃんはここを動かない方がいい。こんな人目のある場所で黒崎が俺達に何か仕掛けるとも思えないからね。いいね?』
本当は危険な賭けに出ようとする矢野達をなぎさは止めたかった。もし早河がここに居ればどうしていた? きっと早河も矢野と同じ決断をしているはずだ。
「矢野さん、玲夏さん、一ノ瀬さん、気を付けて……」
『ありがと。なぎさちゃん、これが終わったらデートしよっか』
「こら! 蓮。どさくさに紛れてなぎさちゃんを口説かないのっ」
緊迫した状況でも蓮と玲夏の変わらないやりとりになぎさの不安も少しだけ溶けた。
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