第二章 Doll house

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 汐留シティセンター前に集まったテレビカメラが抱き合う玲夏と蓮を捉えている。世間の関心は乃愛の脱獄からの再逮捕劇よりも、人気芸能人同士の恋模様に向いている。  矢野が耳に当てた携帯電話からコール音が二回聞こえて相手が電話に出た。 『お取り込み中のところ申し訳ありません。……はい、二人とも怪我もなく無事です』 報告の相手は吉岡社長だ。吉岡も事務所の社長室からここの中継映像を観ているようで状況は把握していた。 {さっきから事務所の電話が鳴りっぱなしだよ。乃愛のことよりも蓮と玲夏の関係を聞き出したいマスコミやファンからの問い合わせが殺到している。まったく……。蓮もカメラが回っているのを知っていて大胆なことをしたものだ} 吉岡のテノールの声はだいぶ憤慨していて、矢野は吉岡をなだめた。 『ははっ……そうですよね。でもあまり蓮さんを叱らないでやってください。蓮さんの気持ちは玲夏ちゃんにも伝わったと思いますし』  矢野はカメラに撮られている蓮と玲夏を見る。リポーターが蓮にマイクを向け、蓮が何か答えている。この映像も吉岡は社長室から観ているに違いない。 電話口から吉岡の大きな溜息が聞こえた。 {今は蓮の好きにさせてやるか。場合によっては蓮に記者会見でもさせよう。そうでもしないと収拾がつかない} 『なんだか壮大な話になってきましたね。あと乃愛ちゃんのことなんですが』 {乃愛の逮捕もテレビで一部始終観ていたよ。あの子もどうしてあんな……} 『その事で……いえ、後でご報告します。早河さんとも連絡を取った後に……はい、失礼します』  手錠をかけられた乃愛が連行されていく。矢野は未だ騒然とする人の波を掻きわけて乃愛のもとに急いだ。 『すみません! 乃愛ちゃん待って!』 乃愛を連れていた二人の刑事が立ち止まる。刑事に肩を叩かれた乃愛はうつむく顔を上げた。 『乃愛ちゃん、もしかして最近誰かに会った? 誰かが乃愛ちゃんに会いに来なかった?』 矢野が乃愛の両肩を掴んで彼女と向き合うと、感情のない二つの瞳に矢野が映った。 『会いに来たとはどういうことです?』 矢野の質問の意図がわからない刑事が尋ねた。矢野は刑事を一瞥してまた乃愛に視線を戻す。 『この子の様子、何か変だと思いませんか? 乃愛に感情が表れたのは蓮さんと玲夏ちゃんを見た時だけ。声に反応したのも蓮さんと玲夏ちゃんだけだ。あとは今みたいに無表情で……催眠か暗示でもかけられているのかもしれない』  両側を刑事に支えられて立つ乃愛の身体には力が入っていない。例えるなら糸の切れたマリオネットだ。 『拘置所の面会は限られている。外部の人間が沢木乃愛に接触できるとは思えない』 『カオスの人間なら拘置所に忍び込むくらいやりそうだ。現に、拘留されていたケルベロスは誰かに毒を渡されて留置場で自殺した。拘置所にいる乃愛に接触できたとしてもおかしくはない。乃愛ちゃん。最近、君に会いに来た人を教えてほしい』 それまで感情のなかった乃愛の瞳がかすかに揺らぐ。乃愛は血色のない唇を動かした。 「神様……」 『神様?』 「神様が……会いに来てくれたの。ここから出してあげるよって。ここから出れば乃愛の欲しいものが手に入るよって……。でも手に入らなかった。神様、嘘つき。ウソツ……キ……」  急に意識を失った乃愛が膝から崩れ落ちる。二人の刑事が乃愛を支えてパトカーに乗せた。乃愛を乗せて走り出したパトカーを報道陣のカメラが追いかける。 (神が会いに来た? 貴嶋のことか?)  乃愛が残した言葉の意味を考えていた矢野は、早河に連絡するためにざわつく人混みの輪を抜けた。 正面には汐留シティセンターがそびえている。  冬の青空を反射するビルの下に黒崎来人が立っていた。彼は役の衣装そのままで数人の撮影スタッフと話をしている。 ふとこちらを見た黒崎から矢野は目をそらせなかった。 矢野を見た黒崎は口の端を上げて笑っていた。子どもがオモチャを弄ぶように、とても愉しそうに、彼は笑っていた。
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