第二章 Doll house

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 食品事業を展開するJSホールディングスは東京都港区に本社を構えている。十三階建ての本社ビルの七階が経営戦略部のフロアだ。 経営戦略部所属の木村隼人はパソコンと向き合っていた顔を上げて軽く肩を回した。 『なぁなぁ、汐留の辺りが大騒ぎらしいぞ』  隣のデスクの中田が話しかけてきた。中田のパソコンはニュース画面になっていて彼の視線はニュースの動画に釘付けになっている。 『汐留? 何かあったのか?』 『元女優の沢木乃愛が脱獄して人質とって、汐留シティセンターで撮影してた本庄玲夏と一ノ瀬蓮を殺そうとしたって。そこからいきなり本庄玲夏と一ノ瀬蓮が抱き合って熱愛発覚かっ!? ってなってる。うわぁ……なんか今日は色々とヤバいな。この半日だけで三鷹で元議員の射殺があったり、渋谷の女子校でも脱獄犯が刃物振り回して暴れて怪我人多数……だってさ』 隼人は身体を傾けて中田のパソコン画面を覗き見た。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 三鷹市の三鷹市民センターにて元衆議院議員の竹本邦夫氏が射殺 東京拘置所と府中刑務所から受刑者二名が脱獄 俳優の一ノ瀬蓮、本庄玲夏に命懸けの告白! 汐留シティセンター前で繰り広げられた沢木乃愛の悲恋 白昼の女子校に切り裂き魔出現 私立聖蘭学園の惨劇、脱獄犯は再逮捕 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  大袈裟なのか言い得て妙なのか不明な見出しが速報のニュース欄を埋めていた。 『聖蘭学園?』 『どうした?』 『いや……この聖蘭学園って知り合いが通ってた学校だから』  言葉を濁して隼人は席を立つ。給湯室のコーヒーサーバーでコーヒーを淹れた。このコーヒーは自社で販売している製品だ。 コーヒーの入るカップを持って給湯室のスツールに腰掛けた彼は先ほど目にしたニュースについて考え込む。 ニュースの見出しで気になるものが二つあった。三鷹の元衆議院議員の射殺と脱獄犯が現れた聖蘭学園のニュース。 (三鷹で射殺された竹本邦夫ってあの竹本の父親だよな?)  大学の後輩で3年前に佐藤瞬に殺された竹本晴也の顔がおぼろ気に浮かぶ。あの事件の後に息子の過去の悪行が明るみとなり、悪行の隠蔽を指示した父親は議員を辞職した。 竹本邦夫の秘書もあの事件後に自殺したと当時のニュースで話題になっていた。 (聖蘭学園は麻衣子が通ってた学校だ。それと香道さんと、寺沢莉央も……。3年前に殺された竹本の父親の射殺、寺沢莉央の母校……この気持ちの悪い感覚はなんだ?)  半年前の夕暮れの光景が甦る。暑い夏の始まりを予感させる夕陽を背にして去る彼女の後ろ姿と茜色の光を受けたラムネ味の青色の飴。  給湯室にある12月のカレンダーには28日の月曜日の欄に仕事納めの文字が赤ペンで記されていた。誰かが書き込んだものだろう。 もうすぐ今年が終わる。 歳を重ねるにつれて、時間の速度が速くなっていく。子供の頃は1ヶ月を長く感じたのに、大人になると1ヶ月が過ぎるのは一瞬だ。 (あれから半年か)  恋人の浅丘美月と共に巻き込まれた明鏡大学准教授殺人事件とそれに伴って隼人の身に起きた出来事から半年が経つ。半年前に負傷した腹部の傷はすっかり完治しているが、傷痕は残っていた。 寺沢莉央にもあの夕暮れの別れ以来、会ってはいない。彼女とは二度と会うことはないのかもしれない。
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