第二章 Doll house

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 給湯室を出ると何やらフロアが騒々しい。 『とにかくデータを一時保存しろ! 全員だ! 今すぐ作業途中のものも含めてバックアップしろ!』  部長の怒声がフロア中に響き渡る。何が起きたのか近くにいた同僚に事情を尋ねると、一部の社員のパソコンにバグが発生してデータが消えてしまったようだ。 隼人も慌てて自分のデスクに戻り、パソコンに触れる。異変はすぐに現れた。 操作をした覚えもないのにパソコン内のデータが意味不明な数字と英語の羅列に書き換えられていく。どのキーを押してもその現象は止まらず、最後はerrorの文字が現れた。 『これハッキングですよ! ハッキングされてます!』 「エラーになってバックアップとれません!」  困惑と悲鳴の声が四方八方から聞こえた。突如発生した非常事態に隼人も動揺している。 ハッキングで思い出すのはまたしても半年前の明鏡大学の殺人事件。 あの殺人事件の被害者だった准教授の携帯電話のデータがハッキングによって改竄(かいざん)された。ハッキングをしたのは隼人の大学の後輩であり、3年前の竹本晴也が殺されたあの場所にも居合わせた青木渡。 青木は犯罪組織カオスに所属していた。 (これもカオスの仕業じゃねぇよな?) 騒然となるフロアでは部長や次長が内線で重役と話をしている。他の社員達は呆然として動きを止めていた。 『うちの会社がハッキングされたって、やっぱり今日は厄日? 東京中でこんな立て続けに事件が起きるって異常だろ』  中田の独り言に隼人も同感だった。受刑者の脱獄、元議員の射殺、大手企業を狙ったハッキング……今日の昼前だけで東京で事件が多発している。 いくら常に事件が起きている大都会でもこの事態は異常に思えた。  そこから数分後に何かが爆発した破裂音が轟いて人々の混乱をさらに煽る。 『今の音なんだ?』 「なんか焦げ臭くない?」 『火事かっ?』 天井に設置されたスピーカーから社内放送が流れた。 {緊急事態が発生しました。六階備品庫及び、十二階会議室から煙が上がっています。全社員は(すみ)やかに非常階段から避難してください。エレベーターは使わないように。避難した社員達は芝公園野球場に集まってください。安全確認がとれるまで社に戻らず、芝公園で待機、これは訓練ではありません} 「煙っ?」 『やっぱり火事だ!』 「六階の備品庫って真下じゃない!」  経営戦略部のフロアはハッキング騒ぎどころではなくなっていた。緊急避難の訓練は受けていても切羽詰まった者達が我先にと廊下を走っていく。 外部からのハッキングによって使い物にならなくなったパソコンが並ぶ経営戦略部の室内もあっという間に人の気配が消え失せた。  避難の列の最後尾に並んでいた隼人はふと足を止めて無人のフロアを振り返る。 何かが起きている。得体の知れないものが蠢いている予感。同じ種類の胸騒ぎを3年前の事件の前にも感じたことがある。 静岡に到着したバスを降りた瞬間に感じた胸騒ぎと今の感覚はよく似ていた。 『木村っ! 何してるんだ、早く逃げるぞ』 『……はい!』  上司に促された隼人は後ろ髪を引かれながら非常階段を降り、隣接する芝公園に向かった。消防車のサイレンの音が近付いて来る。 避難場所となった芝公園の野球場にはJSホールディングスの社員で埋め尽くされていた。何事かと騒ぎを見物する野次馬もいる。 「火事じゃなくて爆弾の爆発だって総務の人が言ってた」 「爆弾が仕掛けられていたの?」 『どうしてそんなものがうちに?』 辺りでは爆弾と爆発と言う物騒な単語が飛び交っている。 「……えっ! ねぇねぇ、爆発したのうちだけじゃないよ。大学も爆発したってニュースでやってる!」  隼人の近くにいた女性社員が携帯電話の画面を見て声を上げた。皆が一斉に自分の携帯を取り出してインターネットのニュースに接続する。 隼人も自分の携帯をネットニュースに接続した。女性社員の言う通り、画面上部に速報で大学の爆破騒ぎが報じられていた。 記事に書かれた大学名に隼人は愕然とする。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━ 速報! 今日午前11時頃東京都渋谷区の明鏡大学構内で爆破事件、怪我人の詳細は不明 ━━━━━━━━━━━━━━━━━ (嘘だろ……明鏡大って美月の……)  隼人はニュース画面を閉じて着信履歴から美月の携帯番号を呼び出した。当然呼び出し音が鳴るものだと思っていた隼人の耳に聞こえてきたのは機械的なアナウンス。 {……電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為……} 何度かけ直しても美月の携帯のコール音は響かなかった。
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