第二章 Doll house

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 通話が繋がるまでの間、コール音の代わりに比奈がメロディコールにしている男性歌手の歌が流れた。 (早く……比奈! 早く出て!) 携帯を握る手に力がこもる。前には貴嶋、後ろには三浦がいて二人の視線を痛いほど感じた。 {もしもーし}  メロディコールが途切れて比奈の声が聞こえた。 「比奈っ! 今6号館にいる?」 {うん、そうだよ。どうしたの?} 「すぐにそこから逃げて! 学校に爆弾が仕掛けられているの!」 {……爆弾? ほんと?} 上ずった比奈の声の後ろで大きな破裂音と悲鳴が聞こえた。一時的に電波の調子が悪くなり、比奈の声も聞こえなくなる。 「比奈? どうしたの? 比奈……あっ!」 美月の手元から携帯を取り上げた貴嶋が通話を切った。 『時間切れ。1分過ぎてしまったよ』  貴嶋はそのまま電源ボタンを長押しして美月の携帯電話の電源をオフにした。彼はショッキングピンク色の携帯についている大きなファーストラップを弄ぶ。 「大学の方向から大きな音が聞こえた。ねぇ……! 爆弾が爆発したの?」 『私がこれを押さなくても11時ジャストに爆発する設定になっていたからね。石川比奈のことは心配いらない。今の爆発は彼女がいる場所ではないよ』 「そういう問題じゃない。学校には沢山の人がいるの! 比奈が怪我しなくても他の人達が……」 ファーのストラップが美月の前で揺れた。取り上げられた携帯に彼女が手を伸ばそうとすると貴嶋は携帯を高く持ち上げてそれを制す。 「携帯返して!」 『ダーメ。携帯は私が預かっておくよ。さて、美月。友人の他にも多くの人間が集う大学をこれ以上危険に晒したくないだろ?』 貴嶋は美月の携帯電話を三浦に手渡した。三浦は渡された携帯を当然のようにジャケットのポケットにしまう。 『大学にはどれほどの人がいるかな? 学生だけでなく教師も含めるとかなりの人数になる。美月の選択次第では今よりも規模の大きい爆発によって多くの人間が被害に遭う。キャンパスにいる人間、全員が人質だよ』  キャンパスにいる全員が人質…… 比奈の他にも多くの友人、同級生、先輩、後輩、教師、事務員や警備員……美月が知っている人間も知らない人間も、明鏡大学に集まるすべての者達が貴嶋によって命の手綱を握られている。 『すべては美月の選択にかかっている。君の答え次第ではこのボタンを押すことになるよ。私と一緒にこの車に乗るか、大学が爆発する瞬間を指を咥えて見ているか。どうする?』 パトカーと救急車がサイレンを鳴らして青山通りを通過した。 もはや選択の余地はない。この男の恐ろしさと非情さをまざまざと感じて寒気がした。 「何のためにこんなことするの?」 『そのことについてもゆっくり話そう。一緒に来てくれるね?』 yesしか用意されていない尋問だ。逆らえば貴嶋はリモコンのボタンを押す。その後に待つ惨事を想像して美月は目を伏せた。 「……わかった。一緒に行けばいいのね?」 『賢い選択だ。乗りなさい』  抵抗を諦めて美月は後部座席に乗り込んだ。座席のシートは固めの座り心地で座るとバネのような弾みがある。 ハンドルが左側にある運転席には見知らぬ男がいた。 中央に美月が座り、彼女の左隣には貴嶋が、右側の扉が開いて右隣に三浦が座った。両側を貴嶋と三浦に挟まれて居心地はすこぶる悪い。 「三浦先生も一緒なの?」 『彼は私の側近だからね』 三浦の代わりに貴嶋が答えた。三浦は相変わらずの仏頂面に終始無言だ。 携帯もバッグも奪われた美月は膝の上で両手を握りしめて身を竦めた。 爆破された大学のこと、比奈の安否、貴嶋が側近と称した三浦英司の素性、貴嶋の目的、これから何が待っている?  底知れない恐怖に怯える美月を眺めて貴嶋は含み笑いをしていた。 この街は巨大なドールハウス。君達はドールハウスの中のお人形さんだ。 すべてが彼の思うがまま。彼の操る糸の先で右往左往と足掻くがいい。 巨大なドールハウスと化した12月の東京は暗く混沌とした闇に包まれていた。 第二章 END →第三章 Bisque doll に続く
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