第三章 Bisque doll

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 この男の狙いが読めない。目的は何? 料理を咀嚼しながら貴嶋の顔を盗み見ていると彼と目が合った。 『美月は三浦先生が嫌い?』 三浦の名が出て彼女は食事の手を止める。 「嫌い……じゃない。好きでもないけど……。ただの先生だと思ってた」 『それがまさか私の部下だったとは、そう言いたげな顔だね』 「三浦先生は何者なの?」 『私の側近。その答えでは納得できない?』 貴嶋はパスタを優雅に口に運ぶ。食事をしながらゆっくり話そうと彼が言ったことはどうやら本当らしい。今なら三浦のこともカオスのことも聞けるチャンスかもしれない。 「キングの側近って言われてもピンと来ない。三浦先生も犯罪者なの?」 『随分と三浦先生のことを気にするね。三浦先生に恋でもしてしまったかい?』  恋……その単語に美月が一瞬の動揺を見せる。彼女の動揺を見逃すはずがない貴嶋はフォークを置いてナプキンで口元を拭った。 「三浦先生のことは嫌いじゃないけど好きでもないってさっき言ったよ。私が三浦先生に恋するなんてありえない」 『そう思いたがっているだけじゃないか?』 「……何が言いたいの?」 『三浦先生は物腰がと似ているよね』 貴嶋の言う“彼”が誰か、美月にはすぐにわかってしまう。食べる手を止めていた美月はフォークに巻き付けたトマトクリームのパスタを口に入れてまた水を飲んだ。 「全然似てないよ。佐藤さんはもっと優しかったもん」 『三浦先生は優しくなかった?』  美月のパスタはトマトクリームだが貴嶋がメインとして注文したパスタはオイルパスタ。彼の皿の中身はほとんどなくなっていた。 そのうちウェイターが皿を下げに来るだろう。 「三浦先生は冷たい感じがする。でも冷たいのに……なんか……」  大学の図書館で三浦に抱き締められた先月の出来事を思い出して彼女は口を閉ざした。 あの時の三浦の体温、美月を見つめる眼差しに佐藤瞬と同じものを感じた。いや、あの時の三浦英司は佐藤瞬そのものに思えた。 「もしかして……三浦先生は佐藤さんの兄弟……ってことはないよね?」 貴嶋は目を丸くして肩を震わせて笑った。 『相変わらず、君は面白い発想の持ち主だね。そうか、兄弟ねぇ』 「笑ってないで教えてよ! 三浦先生と佐藤さんは関わりがあるの?」 『残念ながら二人に関わりはないよ。佐藤に兄弟はいない。発想としてはとても面白いけれどね』  ウェイターが貴嶋と美月の皿を下げて代わりにデザートを置いた。デザートはイチゴと生クリームでデコレーションされたガトーショコラだ。 『これで美月が知りたいことは答え終えたかな?』 「待ってよ。まだ……。どうして大学に爆弾を? 何が目的? なんでキングの側近の三浦先生が大学の先生をしているの?」 『こらこら。質問はひとつずつね。明鏡大学に爆弾を仕掛けた目的、三浦先生を教師として潜り込ませた理由、私の目的、すべての質問の答えはひとつになる。わからない?』 綺麗な二等辺三角形のガトーショコラの頂点にフォークを入れた美月はあることに気付く。三角形、三つの点で結ばれた図形、三つの質問の答えはひとつに繋がる。 何故、明鏡大学だったのか。答えはひとつしかない。 「私があの大学の学生だから……?」 『ご名答。さすがだね』 「三浦先生が大学に来たのは私を見張るため?」 『見張ると言うには語弊があるね。美月の日常を知るために派遣したんだよ』 (見張りと同じ意味じゃない! って言うかそれ監視だよっ)  ほどよい甘さのガトーショコラのおかげで怒りの声を上げはしなかったが美月は貴嶋の行いに憤慨していた。 『今夜はここに泊まってもらうよ』 「やっぱりそうなんだ。キングがこのまま私を帰すはずないと思ってた」  ここに泊まれと命じられても冷静でいられる自分はすっかり貴嶋のやり口に慣れてしまったようだ。 貴嶋はまだ肝心なことを語っていない。大学を爆破してまで美月を連れて来た理由、ここに留まらせる理由。 重要なことはさらりとかわして、はぐらかす。彼の常套(じょうとう)手段だ。 「私をどうするつもり?」 『静岡で初めて会った時と同じ質問だね。あの時と同じさ。君に危害は加えない。美月は私の大切な子だからね』 聞き流すにはあまりにも意味深な言葉だった。美月は眉を寄せる。今日はしかめっ面しかしていない気がした。 「キングは私のことどう思っているの?」 『愛しているよ。大切に想っている。君のことが可愛くてたまらない私の気持ちは美月には伝わらないだろうね』  間髪を入れずに囁かれた“愛している”が心に重たく響く。貴嶋から向けられる狂気染みた好意はどこかで予感していた。 実際に言葉にされると言い様のない奇妙な心地になる。 「でも恋人いるんでしょ?」 忘れられない女性の名前が脳裏に浮かぶ。 寺沢莉央。犯罪組織カオスのクイーンであり、彼女は貴嶋の恋人だと聞いている。 『私に関する情報も少しは知っているようだね。確かに恋人はいるよ。彼女は私が最も愛している女性だ』 「まさか二股? 浮気する気?」 『ははっ。やはり君は面白いなぁ。じゃあ試しに美月と浮気してみようかな? デートのお誘いなら私はいつでも歓迎するよ』  美月は押し黙った。 最も愛している女がいると言っておきながら、浮気をしようと誘ってくる。平然とそんな台詞を吐く彼と目を合わせられなかった。  レストランを出てエレベーターで三十階に降りる。エレベーターホールから広がる長い廊下に並ぶ焦げ茶色の扉に見覚えがあった。 貴嶋は奥から三番目の扉にカードキーを差し込んだ。ロックが解除される音の後に彼は扉を開ける。 『ここが美月の部屋。2年前と同じスイートルームだよ』  毛足の長いカーペット、大きなソファー、奥のベッドルームに並ぶベッドも2年前と同じだった。 美月のバッグがソファーに置かれていた。美月のバッグを持っていたのは三浦だ。彼が先に部屋に来て荷物を置いたのかもしれない。 『女性に必要なアメニティは一通り揃えてあるから不自由はないだろうが、必要な物があれば遠慮なく言いなさい』 「携帯は返してくれないのね」 『外部と連絡を取られてしまうと不都合だからね』  貴嶋の余裕な態度が気に入らない。これでは軟禁も同然だ。 彼が部屋を出ていくと美月はソファーに寝そべって溜息をついた。 (私はこれからどうなっちゃうの……)
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