第三章 Bisque doll

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 三浦に変装している佐藤瞬は拗ねている美月の扱いに困り果てる。無邪気で素直な美月しか知らない佐藤には機嫌が悪い美月とどう接すればいいかわからなかった。 貴嶋はこうなることを想定して佐藤に美月を任せるから質が悪い。 『夕食はルームサービスをとってある。もうすぐここに運ばれてくる』 「そうですか」 『俺もここで食事をとらせてもらう』 「それもキングの命令?」 『ああ』  静かな室内で交わされる続かない会話。相手が三浦英司だから美月は受け入れてくれない。今ここにいる男が佐藤瞬だと知れば美月はもっと笑ってくれるのか? 正体を明かせないもどかしさとすぐ側にいるのに触れられない歯がゆさが佐藤を苦しめる。 美月の悲しい顔は見たくない。どうすれば彼女を笑顔にできる? 『外に出たいか?』 「どうせ出してくれないでしょ」 『俺の側を離れないこと、それと逃げ出さないと約束できるなら夕食の後に少しだけ外に連れ出してやってもいいが』 「……本当?」  ふて腐れていた美月が横目で三浦を見る。三浦と美月の視線が交わり、二人の鼓動は同時に跳ね上がった。 三浦である佐藤は美月の愛らしさに、美月は彼の微笑にそれぞれ心臓の動きを速くしている。 美月は赤らんだ顔をクッションで隠した。 『着替えや洗面用具は揃っているが他に欲しい物があれば買いに行こう』 「私をここから出すなってキングに言われているんじゃないの?」 『そう。だから逃げ出さないと約束できるなら連れ出してやる』 答えに迷う美月はすぐには返答できなかった。ここを出れば隙を見て逃げ出すこともできる。美月が逃げ出さない保証はない。  呼び鈴が鳴り、ホテルマンがルームサービスを運んできた。三浦がいる前では鍵が内側からでは開けられないことや電話機がないことをホテルマンに伝えられない。  料理の皿を並べ終えてホテルマンが去ると再び部屋に美月と三浦の二人きりとなった。 隣の部屋はベッドルームだ。襲われる心配をするのは自意識過剰だとしても恋人でもない男とホテルの部屋に二人きりというのは緊張する。 『冷めないうちに食べよう』  丸いダイニングテーブルの席について三浦と向かい合う。前に友人の絵理奈が三浦に質問攻めをした際、三浦は恋人はいないと言っていた。 でも恋人はいなくても37歳の男はハタチの女子大生には見向きもしない。そう思うと気楽なようで何故か寂しく感じた。 ルームサービスで登場したのはデミグラスソースのハンバーグだ。いただきますと小声で囁いて美月はハンバーグにナイフとフォークを差し入れた。 「さっきの外に出してくれるって話……」  三浦の真意は謎に包まれている。冷たくなったり優しくなったり、無関心なフリして気遣ったり、変な男だ。 味方なのか敵なのかもわからない。貴嶋の側近ならやはり敵なのかもしれない。 それでもこの男の言葉の裏に隠された優しさに気付いてしまった。彼と一緒にいたくないのにもっと一緒にいたいと願っているもうひとりの自分に気付いてしまった。 「本を買いに行きたい……です」 『わかった。俺の側を離れないこと、逃げ出さないこと、この約束守れるか?』 デミグラスソースのたっぷりついたハンバーグを頬張って美月は頷いた。  自分は美月にはとことん甘いなと呆れつつ、佐藤は三浦英司として美月と過ごすひとときに安らぎを感じていた。
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