第三章 Bisque doll

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 人はなぜ嘘をつく? 嘘の上に嘘を重ねて嘘で塗り固められた偽りの仮面。 それでもどんなに嘘をついて欺いても自分の心だけは嘘をつけない。自分だけは騙せない。  ルームサービスの夕食を食べた後、ベッドルームのドレッサーの椅子に腰掛けて美月は鏡に映る自分を見つめた。 携帯電話だけが入っていないバッグからメイクポーチを出し、お気に入りのピンク色のリキッドルージュを唇に塗る。下がってきた睫毛をビューラーでカールさせてアイメイクも少し直した。 (三浦先生と出掛けるだけなのにどうしてメイク直してウキウキしてるのよっ。バカ美月!)  これはただの外出前の準備。メイク直しも身だしなみのひとつであり三浦のためではないと自分に言い訳する。 こんなことなら今日は髪の毛を巻いてくればよかったと後悔してセミロングのストレートヘアーに丁寧にブラシを入れた。 とは何? (今は余計なことは考えない。せっかくキングに内緒で外に出してもらえるんだから)  アイボリーのボアコートを羽織り、スエード素材のキャメルのロングブーツを履いてもう一度鏡を見た。 今の気分はデートに出掛ける前の気分と似ている。デートの相手に可愛いと思われたい、可愛く見られたい、早く会いたい、ドキドキとソワソワが入り交じって落ち着かない。 貴嶋に軟禁されている状況下でこっそり外に出してもらえることが嬉しくてデートの前のような高揚とした気持ちになっているのだ。そう思うことで今はこの気持ちを誤魔化した。 (三浦先生と出掛けるからって、デートじゃないもん)  気になることは山ほどある。 会社が爆破被害にあった恋人の隼人のこと、比奈や大学の友達のこと、娘の行方がわからず心配しているであろう両親の心境、これからの自分の行く末、貴嶋の企み……こんな所でお洒落をして出掛けている場合ではないことは百も承知だ。 だけど……今の自分はどうしようもなく高揚している。  リビングではコートを羽織った三浦英司がソファーに座っていた。 「……お待たせしました」 『行くか』 三浦は美月に一瞬目をやっただけでさっさと扉の方に足を向ける。お洒落をした美月に彼がかける言葉は何もない。 (何か一言くらいあってもいいじゃない。三浦先生に可愛いと思ってもらいたいわけじゃないけど……) 仮に三浦に可愛いなんて褒められてもどう反応すればいいかわからないのが正直な気持ちだ。  彼は美月の心中のモヤモヤなど知りもせずに自然な動作で扉を開けた。それを見た美月が目を丸くする。 「今の……中から開けられないのにどうやって開けたんですか? さっきもルームサービス来た時に先生が開けていましたよね」 『俺には開けられるんだ』 「なんですかその、俺は特別なんだ、みたいな言い方。先生は魔法使いですか?」 仏頂面で冗談めいたことを言う三浦に苦笑いしてしまう。こんな些細なことで笑ってしまう自分はどこかおかしくなってしまったのかもしれない。 『ご機嫌だな。夕食前は膨れっ面していたのに』 「いつまでも不機嫌でいても仕方ないですし」 『調子に乗って逃げるなよ』 「逃げませんよ。……多分」 多分と言った時に今度は三浦が笑っていた。三浦との駆け引きを楽しめていることが不思議だった。  エレベーターで一気に地下駐車場まで降りる。 駐車場に駐まる車の助手席の扉を三浦が開けた。行きに乗せられた外車とは違う白色の車だった。美月が助手席に乗り、運転席に三浦が乗る。 車はスロープを登ってあっという間に地下から夜景に包まれた地上に這い出た。 「キングにバレたらどうなっちゃうのかな」 『今さら不安がってるのか?』 「だってバレたら先生が怒られるでしょ?」  右側でハンドルを握る三浦の横顔が通り過ぎる街のライトに照らされる。佐藤瞬に似ていない横顔に無意識に佐藤瞬の面影を重ねていた。 佐藤とドライブに出掛けたことはない。そうやって、普通の恋人たちのデートをする前に彼は消えてしまった。 『君が逃げなければ問題はない。この事が知られたとしてもキングは何も言わない』 「キングのことよくわかっているんですね。三浦先生はどうしてカオスに……」 『必ずやり遂げたいことがあった。だからカオスに入った』 「やり遂げたいことって殺人……ですか?」 交差点で信号待ちになり、目の前の道をパトカーが横断する。今すぐ車を降りて助けを求めればいい、それだけのことを何故しない? 『人を殺したことはある』  静かで重たい響きに胸が苦しくなった。三浦はあの人と同じ。あの人……佐藤瞬も人を殺した犯罪者だ。 『カオスにいて犯罪を犯していない人間はいない。殺人以外でも大抵は何らかの罪を犯している。それがカオスだ』 「前に私がカオスが何をしようとしているのか先生に伺った時、三浦先生は天地創造と答えました。あれは先生がカオスの人間だからこその答えですよね? キングがやろうとしている事……天地創造って何なんですか?」  三浦は何も答えない。無言の車がイルミネーションに彩られた道を流れていく。 暗闇の道路に赤、青、黄色、三色のライトが点滅して交差する。まるでクリスマスツリーのライトのようだった。 第三章 END →第四章 Marionette に続く
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