第四章 Marionette

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 隼人からは結局何も聞き出せず、渡辺と麻衣子は隼人の家を辞することにした。何があったのか尋ねてもここまで頑なに語らない理由があるのだろう。 玄関で靴を履く幼なじみ二人を隼人が見送る。麻衣子はパンプスを履いて振り向いた。 「会社は明日はどうなるの?」 『警察が明日も爆破した現場を調べに来るらしい。今週は自宅待機になった。来週からはたぶん仕事だろうけど』 「そっか。明鏡大学の方も今週は休校だって比奈ちゃんがメールで教えてくれた」 『みんな仕事や学校どころじゃないよな』 相槌を打つ渡辺が扉を開けると冷たい空気が一気に流れ込んできた。 『麻衣子も気を付けろよ。お前もキングと接触してる。いつ狙われるかわからない』 「うん。隼人もね」  別れの挨拶を交わして二人は通路に出る。背中越しに玄関の扉が閉まる音が聞こえた。  もうすぐ慌ただしかった1日が終わる。 麻衣子はとても疲れていた。有紗が病院に運び込まれた事から始まり、同僚だと思っていた神明の正体を知った。今日は様々な事が連続して起き過ぎだ。 マンションのエントランスを出た先で見上げた寒空の頭上には冬の月。穏やかな月明かりにホッとした。 『車乗っていけよ。家まで送る』 「ありがとう」  渡辺の車に同乗した麻衣子は冷えた車内で両腕を抱き込んだ。 「隼人……何か隠してるよね。あの様子だと話す気はなさそう」 『頑固な奴だよな。でも俺達は黙って見守ることしかできない』 「黙って見守るだけなのもしんどいね」 どれだけ付き合いが長くても、どれだけ相手の事を想っていても、踏み込めない領域がある。彼女は腕を抱き込んでいた手を肩に移動してその場所を揉んだ。 「今日は疲れたなぁ。ハードな日だった。もう何が何だかわからなくて脳内キャパオーバーよ」 『家に着いたら起こしてやるからそれまで寝てていいぞ』 「うん。そうする」  助手席のシートを少しリクライニングさせて麻衣子は目を閉じた。信頼で結ばれた幼なじみの隣で麻衣子は眠りの世界に誘われる。  眠りに落ちた麻衣子を乗せた車が都会の夜道を駆け抜ける。運転中、渡辺は隼人が言ったあの言葉の意味を考えていた。 自分の知っている人間がカオスの人間だったらどうするのか…… (まるで俺の知ってる人間がカオスにいるみたいな口振りだった) ふと、大学時代に交際していた沢井あかりの顔が浮かぶ。なぜ彼女のことを急に思い出したのか、その理由を本当は知っている。 3年前に啓徳大学を中退してアメリカの実家に帰ったあかりと半年前に再会したあの時から感じていたもの。  半年前にあかりが現れた場所は啓徳大学の工学部研究棟。工学部の院生の渡辺はそこで彼女と遭遇した。 妙に思うのは文学部中退のあかりにとって工学部の研究棟は畑違いの場所、帰国して母校を訪ねたとしても工学部研究棟にあかりの知人がいるとは思えない。 その直後に上野警部が大学に現れ、上野は工学部の後輩の青木渡を捜していた。奇しくも青木が犯罪組織カオスの人間だったことは先ほど話題に上がったばかりだ。 (あかりが工学部に来たのは青木が目的だったと考えると辻褄が合うんだよな。あの時の青木は里奈を利用して隼人と美月ちゃんを追い込んでいた。だから……)  だから何だと言うのだ? これだけで何がわかる? 憶測だけでは決められない。でも今回の隼人の様子を見れば、彼がカオスについての何かしらの事情を知っていることは明白だ。 隼人がそれを語らない理由と半年前のあかりの態度を考えるとひとつの仮説が浮かび上がる。 (もしかしてあかりはカオスの……) それ以上は考えても仕方がない。二度と会えない過去の恋人の裏の一面など今さら知りたくもない。 脳裏に浮かんだ結論を無視して彼は運転に意識を集中させた。
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