第四章 Marionette

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 担架を持った救急隊員と上野警部、早河が二階に駆け上がる。意識を失った矢野は担架に乗せられて救急車に運ばれた。 『小山は矢野についていけ。後は俺と早河に任せろ』 「はい」 上野に促されて真紀が下に降りた後、その場に残った上野と早河は君塚夫妻の死体がある寝室に入った。 『早河、大丈夫か? お前もかなり参ってるだろ』 『今は疲れよりもとにかく怒りの方が勝ってますよ』  寝室のカーテンを引いて外を見下ろす。表に停まる救急車に真紀が乗り込む姿が見えた。 夫妻の死体の検分は上野に任せて早河は寝室の隣の部屋に向かった。ここは君塚の書斎のようだ。 間もなく鑑識や他の刑事達が到着する。元刑事であっても今は警察官の肩書きのない自分はここに長居は出来ない。 見るべきものを見て早々に立ち去ろう。  書斎の壁一面に置かれた書棚は心理学関係の書籍で埋め尽くされている。君塚自身の著書も何冊も並ぶ。 本は棚ごとに大きさ順、作者順に五十音順に並べられ、君塚の几帳面な性格が窺える。早河の身長を優に超える高さの棚を見上げていると首が痛くなりそうだ。 (ここだけ本が飛び出している)  早河の足元、一番下段の一部分が棚から本の背表紙がはみ出している。腰を屈めて試しにその部分の本を一冊引き抜いてみた。 本は厚みはあるが大きさはそれほどではない。本棚の奥行きを考えれば普通に本を並べたくらいでは背表紙が棚からはみ出すことのない新書版サイズだ。 他の本も同じ新書版サイズの本が並ぶ部分だけが背表紙がはみ出している。 『何か見つかったか?』 背表紙がはみ出している本を早河がすべて引き出しているところに上野が様子を見に書斎に入ってきた。 『本棚の奥に何かあるんですよ』  棚から本を数冊引き出し、身を屈めて本棚の奥に手を入れる。思った通り、棚の奥に一冊の本が横向きになって入っていた。 この本の厚み分、手前に並べた本の背表紙がはみ出していたのだ。 『かなり古そうだな』 『題名から精神鑑定に関する内容らしいですね。初版は……1973年』 見た目にも古びた本の最後のページの奥付には1973年7月が初版となっている。30年以上前の書籍だ。 その西暦に上野が頷く。 『1973年……辰巳が出所した年は1972年だ』 『辰巳が出所した1年後に出版されたってことですね。著者は君塚本人か』  君塚忠明の名前が書かれた表紙をめくる。めくった見返しのページには古い著書には不似合いな物が貼り付けられていた。 今ではその姿を見る機会も少なくなったフロッピーディスクがビニール袋に入れられている。ビニール袋の四隅は時が経過して黄ばんだセロテープで留めてあった。 ビニール袋越しにフロッピーディスクに貼られたシールが見える。シールにはボールペンで〈Doll house plan 1995〉と走り書きされていた。 『ドールハウスプラン、1995……』 1995年。この年に起きた出来事を早河は忘れない。1995年8月11日に早河の父親は貴嶋に殺された。95年は父が死んだ年だ。 早河が持つ本から上野がディスクの入ったビニール袋をページから破りとる。 『持っていけ』 『……はい』  上野から渡されたビニール袋入りのフロッピーディスクを早河はジャケットの内側に仕舞い込んだ。 君塚を探った収穫は得たが引き換えに矢野の命を危険に晒してしまった。貴嶋への怒りと自分自身への怒りが早河を突き動かしている。 『これがパンドラの箱の鍵になるかもしれませんね』 『箱を開けた時に出てきた物が俺達にとって絶望になるか希望になるか……すべて俺達次第ってことだろう』  古びた本から現れたパンドラの箱の鍵。このフロッピーディスクには絶望も希望もすべての真実が込められている。 おそらくこれが、真実の箱を開く鍵となる。
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