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「キングはどう思うの? 神様はいると思う?」
『私はね、神はいないと思っている』
「どうして?」
『もし神がいれば私が父親を殺す瞬間を黙って見ていると思うかい?』
あまりにも穏やかに語られた事実に美月は寒気がした。先ほどの和やかな歓談で忘れかけていたがこの男は犯罪組織のキングだ。
「お父さんを殺したの……? どうして?」
『父親は私が生きていく上で邪魔な存在だったんだ。親を殺してはいけない?』
「いけないに決まってる。親だけじゃない、人を殺すことはいけないことだよ!」
『君の隣の彼にも同じ事を言える? 三浦先生も人を殺しているよ』
美月はハッとして隣を見た。三浦が人を殺していることは本人に聞いている。詳しくは知らないが彼も殺人犯だ。
せっかくのステーキも喉を通らなかった。
人間は生きるために他の動物の命を貰う。食べる前に手を合わせて〈いただきます〉と言うのは〈命をいただくこと〉だと幼い頃に父に教えられた。
家畜としてなら他の動物は殺してもいい? それは人間が生きるためだから?
人は人を殺した時に裁かれる。それは何故?
「誰が殺しても、誰が殺されても、私は人殺しはいけないことだと思う。犯罪を犯せばそこには悲しんで泣く人がいる。犯罪を犯しても誰も幸せにはならない」
貴嶋はひとつ頷き、自身の右手にある銀色のナイフを見つめていた。
『幸せ……ね。美月の言う幸せとは何だい?』
穏やかさの中に潜む、静かな狂気。冷たい瞳が美月を縛り付けた。
美月は初めて心の底から貴嶋を怖いと思った。逃げ出したい恐怖心に堪えて彼女は貴嶋との睨み合いを続ける。
ここで目をそらせば負けてしまう。
「……朝を迎えられるだけで幸せなのよって、お母さんが言ってたの」
子どもの頃から母が口癖のように言っていたことがある。
──“美月。朝を迎えられたらそれだけで幸せなのよ。この世界には朝を迎えたくても迎えられない人達が沢山いる。今日も朝を迎えることができた命があることが何よりも幸せなこと。忘れないでね”──
「朝を迎えて今日も生きていると実感すること、大切な人達が今日も生きていてくれること、それが私にとっての幸せ」
実に美月らしい答えだった。三浦に扮した佐藤も心の中で微笑する。あの犯罪組織の帝王相手に臆せず意見を述べる存在はなかなかいない。
『やはり君は綺麗だね。君の母親も同様に。美月の綺麗さは母親譲りかもしれない』
すっかり食欲を失った美月とは違い、貴嶋と三浦は綺麗に切り分けたステーキを平らげていた。美月の皿だけがいつまでも冷めたステーキが横たわっている。
(でもキングの意見もわかる。もしも本当に神様がいるなら人が人を殺すのを止めずにいるってことだよね。神様がいれば佐藤さんが殺人をするのを止めてくれたかもしれない。……やっぱり神はいないの?)
神とは人間にとっての都合のいい空想の存在でしかないのかもしれない。
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