第五章 Curtaincall

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第五章 Curtaincall

 赤坂ロイヤルホテル二十七階、2703号室がスパイダーに与えられた部屋となっている。二十七階はモダンでシンプルなインテリアで統一された部屋だ。 同じ階の並びには他の幹部達の部屋もある。  現在時刻は午後8時。彼はデスクに載せたノートパソコンから視線を離した。 三十二階のパーティー会場では貴嶋の誕生日パーティーの前祝いと称した宴がまだ続いている。しかし主役の貴嶋や莉央を含めたほとんどのカオス幹部はパーティーから離脱し、まだ会場に残る幹部は黒崎来人くらいなものだろう。 ホテルに設置された監視カメラの映像はすべてスパイダーのパソコンに流れてくる。美月の脱出劇が失敗に終わった要因もスパイダーがカメラ映像で美月の居場所を突き止めていたからだ。 『駐車場から出る作戦はわりと面白かったんだけどね』  ひとりごちる彼はコーヒーをすすり、パソコンの画面を切り替えた。先ほど部屋を訪れたスコーピオンが淹れてくれたコーヒーはどの店で飲むコーヒーよりも旨かった。 スコーピオンが不在でもEdenは営業しているが彼が居なければスパイダーがあの店に立ち寄ることもない。  画面には明日行われる日米首脳会談の日程表と、外務省幹部のパソコンをハッキングして入手した首相が乗る車の移動ルートのデータが表示された。 これが神の7日間の天地創造。 神はまず光と闇を創り、天と地と海を創り、太陽と月を創る。そして最後に人間を創造した。それがアダムとイブ、彼らが暮らした楽園がエデンの園。 『アダムとイブも所詮(しょせん)は神の人形。マリオネットに過ぎなかったのかもしれないな……』  パソコンを閉じてスパイダーは部屋を出た。パーティー会場には向かわず三十四階のラウンジまで足を伸ばす。 夜のラウンジは太陽の光が差し込んでいた昼間とは雰囲気が違う。ほの暗いオレンジ色の照明を基調とした店内の窓辺に面したカウンターには三浦英司の変装を施した佐藤瞬がいた。 佐藤はひとりで酒を飲んでいる。スパイダーは彼の隣に座った。 『暗いなぁ』 『照明が?』 『違う違う。君が暗いんだよ。しけた顔してひとりで飲んで。背中に哀愁漂ってる』  珍しくノートパソコンを持参していないスパイダーは手持ちぶさたに頬杖をつき、三浦英司の造形となっている佐藤の横顔を見ていた。 『お前にそんなこと言われるとは俺もそろそろ歳かな』 『その言葉は益々年寄りくさいね』 『俺も37だからもういい歳だ』 佐藤は苦笑いを返して煙草を咥えた。スパイダーはウェイターを呼び、バニラアイスとコーヒーを注文する。 『キングとクイーンはどうしてる?』 『たぶん部屋だね。キングはあれで意外とパーティーが苦手な人だしクイーンも華やかな場が好きではないから。二人仲良く部屋で寛いでるさ』  佐藤の煙草の煙がゆらゆら漂っている。しばらく無言を共有する二人は目の前に広がる夜景を眺めた。今夜は曇り空で月の見えない夜だ。 『姫を逃がせなかったことを後悔しているんだろ? 君はあの時、わざと姫に追い付かないペースで彼女を追っていた』 『俺の動きはカメラで見ていたスパイダーにはお見通しか。だがあそこで美月を追わない選択はなかった』 『僕も姫の居場所をキングに知らせない選択はなかった。結局、僕らはキングに逆らえない』  スパイダーが注文したコーヒーとバニラアイスが運ばれてきた。 彼は熱いコーヒーをバニラアイスの上に注ぐ。バニラアイスとコーヒーはたちまちイタリアのデザートのアフォガードに変貌を遂げた。 冷たいバニラアイスがコーヒーの海に溺れていた。スパイダーはアフォガードをスプーンですくって口に入れる。 『パンドラの箱の中身が何か知ってる?』 『絶望と希望のことか?』 『そう。最後に残るものは絶望か希望か。どちらだろうね』  オレンジ色の照明の下に二人の男の無言の背中が並んでいた。
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