第五章 Curtaincall

5/20

98人が本棚に入れています
本棚に追加
/93ページ
 今夜はより一層冷え込みが厳しい。東北や北海道は今夜から明日にかけて大雪となるようだ。  近頃は早河の自宅に寝泊まりする日が多かった香道なぎさは久々に四谷の自宅で夜を過ごした。  ベッドに入っても不安な心が邪魔してどうしても眠れない。ひとりで過ごす夜の心細さと寂しさの中に緊張が混ざっていた。 キッチンに向かった彼女は水を注いだマグカップをレンジで温める。カップのお湯にアロマの精油を二滴垂らした。精油は沈静作用や安眠効果のあるネロリを選んだ。 以前、アロマテラピーのコラムを書いた時に取材先のアロマセラピストに教えてもらった手軽にできるアロママグカップ。お湯から昇る香りの水蒸気を吸い込む方法だ。 温かみのある柑橘系の香りを嗅いでいるとだんだん心が穏やかになってきた。  間もなく日付が12月11日に切り替わる。明日は今日になり今日は昨日になる。 明日の今頃、自分はどんな顔をしている? この長い戦いの物語はどんな結末を迎えているだろう。 アロマのおかげでリラックスできたなぎさは再びベッドに寝そべって早河の顔を思い浮かた。 ごめんなさいもありがとうも言えないまま別れた兄。早河は兄が最期に守った命。 兄の代わりに生き残った早河を恨み、憎みもした。けれどいつの間にか彼を愛し、誰よりも側にいて欲しい存在になっていた。  携帯電話が着信している。声が聞きたいと思っていた矢先の早河からの電話に心が躍った。 {こんな時間に悪い。寝てた?} 「ううん。眠れなくて起きてたよ。どうしたの?」 {なぎさの声が聞きたくなった} 「私も。声が聞きたいと思っていたとこ」  彼女はうつ伏せに寝そべって赤くなる顔を枕に伏せる。外は凍える寒さでも今の自分は全身から熱が出ているみたいに顔が火照っていた。 {もうすぐ日付変わるな} 「うん。11日になるね。あと……8分」 サイドボードに置かれた時計が23時52分になった。 {明日は何が起きるかわからない。なぎさは俺から連絡があるまで家から出るなよ} 「わかった。明日……ちゃんと帰って来てね。無茶しないでね?」  明日、早河の身にどんな危険が迫るか考えるとなぎさは怖くてたまらなかった。 本当は彼を止めたい。でも止められない。止めてはいけない。 {ああ、ちゃんと帰るよ。俺が帰る場所はなぎさだから。待っていてくれ} この戦いの物語に幕を下ろせる者は早河だけだ。なぎさにできることは彼を信じて待つこと。 信じることと愛すること、それはきっと同じ意味なのだから。
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!

98人が本棚に入れています
本棚に追加