第五章 Curtaincall

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 日比谷公園の大噴水の前に佇む早河の横を公園に遊びに来ていた幼稚園児達が駆けていく。冬の寒さでも子どもは元気だ。 『そうですか……わかりました。……ええ、こちらは予定通りです』  上野警部からスコーピオン死亡の連絡を受けた早河は通話を終えて息をつく。上野はスコーピオンを生きて逮捕できなかったことを悔やんでいた。 スコーピオン……本名は田村克典。国家維持の名目で暗殺業を背負った代償に家族を奪われた男は最期は自ら命を絶った。 田村とは珈琲専門店Edenのマスターとして何度も顔を合わせ、談笑を重ねた。田村が淹れたコーヒーの味を早河は忘れない。  幼稚園の黄色い帽子を被った男の子が数人、こちらに走ってきた。どうやら鬼ごっこをしているらしい。 先頭を走っていた男の子が足を止めて早河の方を振り向いた。男の子と目が合ってもどうすればいいかわからない早河は無表情に彼を見つめ返すことしかできない。 無表情を貫く早河を見て何を思ったのか男の子は早河に近付き、握っていた手を開いた。 『おじちゃん、コレあげる!』 男の子の小さな手のひらにはドングリがひとつ転がっている。 『もらってもいいの?』 『うん! 元気になるダイヤモンドだよ! あげるっ!』 受け取ったドングリは男の子の体温で温められていてほんのり温かい。早河は男の子の胸元についた名札を見る。 さくらを型どったピンク色の名札には【さくら組 しみず はじめ】とある。 『はじめ君、ありがとうね』 『じゃーねー!』  鬼ごっこの仲間の姿を確認したはじめ君は早河に手を振って仲間の群れに混ざって走り去った。 『元気になるダイヤモンドか』  久しぶりに見るドングリに目尻が下がる。子どもの頃は、はじめ君のように公園で拾ったドングリや石ころが宝物だった。 ドングリや石ころを宝石や魔法の石だと定義すれば、それは子どもにとって本物の宝石や魔法の石だった。 地面に描いたデタラメな魔方陣と意味不明な呪文、木の枝は魔法の杖になり、石ころはなんでも願いの叶う魔法の石、空き地は秘密基地、公園の遊具は敵のドラゴン、そうやって発想を広げて遊んでいた。 誰にだってそんな無邪気な時期がある。無邪気な思い出がある。  いつの間にか宝物はドングリでも石ころでもなくなり、大人になるほど金や権力に執着する。小さなドングリで満足できていた子どものままでは居られなくなる。それが人間だ。 はじめ君が元気になるダイヤモンドと定義したドングリをポケットに入れて早河は歩き出す。間もなく行動開始時間だ。
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