第五章 Curtaincall

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 ──莉央の回想──  4ヶ月前、8月16日。 成田空港の到着ロビーに彼女はいた。女性にしては上背のあるスラリとした体躯に赤茶色のショートヘアー、白のパンツスタイルに身を包む彼女は空港の人混みの中でも異彩を放っていた。 莉央が近付くとその女性はかけていたサングラスを外した。現れたヘーゼルの瞳は日本人の瞳の色とは異なっている。 貴嶋聖子の母親はアメリカ人。聖子のヘーゼルの瞳は母親の色を受け継いだものだ。 「お久しぶりです」 「莉央ちゃん。会いたかったわ」  再会のハグを交わす莉央と聖子。背の高い聖子の腕の中に莉央の身体はすっぽり収まってしまう。聖子は今年で51歳になるが肌艶の良さは年齢よりも若々しい印象を与えた。 「あの子はどうしてる?」 「相変わらずです」 駐車場に向かう道すがらに聖子に尋ねられた莉央は肩を落として答えた。莉央の返答に聖子も溜息混じりに「そう……」と返す。 「あの子をあんな風にしてしまったのは私の責任ね。私と……佑吾の」  聖子の左手薬指には指輪が嵌められている。戸籍上の婚姻関係こそなかったがその指輪は彼女が辰巳佑吾の妻である証。 聖子は辰巳佑吾を今でも愛している。14歳で両親を殺害し、無差別殺人を犯して服役後に犯罪組織を設立、日本の犯罪史上最悪の犯罪者と呼ばれた男を聖子は愛し続けていた。 「私は佑吾を愛したことを後悔はしていないの。佑聖を産んだことにも後悔はない。ただ……佑聖をキングとして育ててしまったこと、それだけは後悔しているのよ」  迎えの車に乗り込み、成田から東京へ。聖子は雨の降る街並みを眺めて呟いた。 彼女はショルダーバッグから取り出したフロッピーディスクを莉央に渡す。 「これが14年前に佑吾が計画したドールハウスプランの犯罪計画書。本当はもうひとつコピーのフロッピーがあるはずなんだけど、それがどこにあるかは私にはわからない」 渡されたフロッピーディスクに貼られたシールにはボールペンの走り書きで〈Doll house plan 1995 original〉の文字。 「そのフロッピーはパンドラの箱。パンドラの箱は使い方次第で絶望にも希望にもなるわ」 「使い方次第……」 「どう使うかは貴女に任せる。この前、電話で莉央ちゃんが気持ちを打ち明けてくれた時からフロッピーを渡そうと決めていたの。貴女が佑聖に抱き始めた疑念は私が佑吾に抱いていた想いと同じだから。私は佑吾を止められなかった。犯罪に魅入られたあの人を救えなかった」 「私に救えるでしょうか……」  フロッピーを持つ莉央の手に聖子の手が重なった。莉央の手を包み込む彼女の手は温かい。 「貴女は貴女ができることをやりなさい。私も私ができることをする」 聖子の温もりに莉央は実の母の面影を重ねた。実の母も父もこの世を去った今、莉央にとって貴嶋聖子は母親のように慈しみの愛を与えてくれる存在だった。  そしてこの後、聖子は東京港区の貴嶋佑聖の邸宅で息子の手によって殺された。 息子の犯罪計画を止めるために説得しようとした母親の言葉を聞くことなく、莉央の目の前で貴嶋は銃のトリガーを引いた。 聖子の亡骸の横で立ち竦む莉央に向けて貴嶋は笑いながら残酷な言葉を吐き捨てた。 『私に母親は必要ないよ』  ──回想 END──
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