第六章 Runway

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 霊安室の莉央の遺体の前で隼人はあの日に莉央から貰ったイチゴミルクの飴を麻衣子に見せる。棒つき飴のポップなデザインの赤色の包み紙がこの部屋にはミスマッチだ。 「それが莉央に貰った飴?」 『そ。まさかこれが莉央の形見になるとは思わなかった。どうせならもっとマシな物くれたっていいのにな』  哀しげに飴を見つめる隼人の瞳の奥に滲む涙を麻衣子は気付かないフリをした。彼女は莉央の冷たい手に触れる。 この華奢な体でどれだけの苦悩を背負い、どれだけの命を守ろうとしたか自分には想像もつかない。 「莉央と最後に会った日……本当はそこにもうひとり誰かいたんじゃないの?」 『なんでそう思う?』 「なんとなく。そのはもしかして私や亮の知ってる人じゃないかなって。ただの勘」 莉央と会ったことは話してもその場に沢井あかりがいたことを隼人は秘密にしていた。けれど話さなくても隠していても20年を共にする幼なじみにはわかってしまうこともある。 「だけど言わなくていいよ。隼人が言わないことには何か意味があるから」 『麻衣子は俺を買いかぶり過ぎだ。俺はそこまで先のこと考えて行動してねぇよ』 そっぽを向く隼人の肩を軽く叩いて麻衣子は先に霊安室を出た。今は隼人ひとりきり……いや、隼人と莉央の二人だけにさせてあげたい。  麻衣子が出ていき、隼人は大きく溜息をつく。早河に教えてもらったカオスメンバーの逮捕者の中に沢井あかりはいなかった。 上野警部はあかりがカオスの人間だと知らない。あかりの正体を知るのは隼人と早河のみ。 『よく頑張ったな』  莉央の髪を優しく撫で、永遠の眠りについた莉央の額にキスを落とす。隼人の瞳から零れた涙が莉央の白い頬に流れ落ちた。 最後まで本当の気持ちを伝えられなかった。 彼女の気持ちを聞くこともできなかった。 もしこの声が届くならどうか今から言うことを聞いて欲しい。  “君のことが本当はずっと好きだったよ” 『莉央……バカ野郎……』  隼人のすすり泣く声が霊安室に物悲しく響いていた。
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