第六章 Runway

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 寺沢莉央が早河に託した四つのUSBメモリには犯罪組織カオスの機密情報が入っていた。  11月上旬に武田財務大臣の手元に届いた第一のUSBにはカオスと関わりが深い警察関係者、政財界や芸能界の著名人の名前を記したリストが記録されていた。 リストにはカオスのケルベロス、原昌也と笹本警視総監、岩波法務大臣の名も入っていた。 USBの小包に同封されていた手紙に書かれた携帯電話の番号に武田が連絡をすると電話に出た人物はカオスのクイーンと名乗り武田を仰天させた。 貴嶋の行いに疑念を抱いていた莉央は貴嶋の計画を止めるために早河達に手を貸すと申し出た。武田は莉央への信用度は五分五分としながらもひとまず彼女の申し出を受け入れる。 莉央はそれ以降、警察庁の阿部警視となぎさの父親に第二、第三のUSBを預け、最後はなぎさに直接、第四のUSBメモリを託した。  貴嶋佑聖の逮捕と共に犯罪組織カオスに関わったとして摘発された団体(財団、暴力団等)や人間は数えきれない。東京だけでなく全国で逮捕者が相次いだ。 カオス幹部については以下の通り。 貴嶋佑聖(キング)……逮捕 寺沢莉央(クイーン)……死亡→貴嶋により射殺 田村克典(スコーピオン)……死亡→自殺 黒崎来人(ファントム)……死亡→何者かに射殺 山内慎也(スパイダー)……逮捕(自首)  警察が把握する幹部五名のうち、三人が死亡、二人が逮捕となった。これにより犯罪組織カオスは事実上の壊滅。 尚、警察が犯罪組織壊滅のために組織幹部の寺沢莉央と協力関係にあったことは公には伏せられている。           * 12月12日(Sat)  貴嶋佑聖の逮捕と寺沢莉央の死から一夜明けた12日午後5時、早河は警視庁を訪れた。古巣の捜査一課のフロアに久々に足を踏み入れる。 相変わらず雑然とした机の並びと忙しなく動き回る刑事達の光景が懐かしい。 「なぎさちゃんはどうしていますか?」 小山真紀が早河にコーヒーを淹れたカップを渡した。彼女は阿部の命で警視庁と警察庁の橋渡し役として昨夜から奔走している。 徹夜には慣れている真紀もさすがに疲れた表情をしていた。 『実家に帰ってる。俺は側にいてやれないし、お父さんやお母さんと一緒にいる方がなぎさも気が紛れるだろう』 「そうですよね。寺沢莉央があんなことになって一番辛いのはなぎさちゃんですから。……早河さんに見せたかったものはこれです」  真紀のデスクには栄養ドリンクの空き瓶や食べ終えた栄養補助食品の袋が散乱していた。真紀はそれらをデスクの下のゴミ箱にまとめて放り込んで、束になった書類のページをめくって早河に渡す。 「美月ちゃんの携帯電話からは美月ちゃん以外の指紋は検出されませんでした」 『貴嶋の指紋も?』 美月は9日に渋谷駅前で連れ去られる時に貴嶋に携帯電話を取り上げられた。(しか)るべき部分に貴嶋の指紋がついているはずの携帯に持ち主以外の指紋がないのは奇妙だ。 「貴嶋の指紋もありません。携帯の表面、画面、背面、ボタン部分、どこを調べても美月ちゃんの指紋しかなかったんです。他の指紋は綺麗に拭き取られていました」 『浅丘美月のバッグに携帯を戻した誰かさんの指紋もないってことか』 「その誰かが指紋を拭き取ったと考えて間違いないかと」 真紀はさらに書類をめくる。めくったページには映像から読み込んだ顔写真が載っていた。 「赤坂ロイヤルホテルのカメラ映像を調べて見つけました。スパイダーを逮捕した時、私達がラウンジの手前ですれ違ったのはこの男ですよね?」  早河は顔写真のページを凝視する。紙の上での写真は解像度が低く画質も悪いが顔立ちを判別するには充分だった。 長めの髪に眼鏡、切れ長の目に高い鼻梁。赤坂ロイヤルホテルのラウンジから出てきた長身にスーツを纏った男と類似する。 『間違いない。こいつだ。身元は?』 「それが……この男、明鏡大学で教師をしていたようです。美月ちゃんが証言してくれました」 『教師? 明鏡大で?』 「10月から美月ちゃんが受けていた授業を担当する非常勤講師として明鏡大に勤務していました。それだけじゃなくこの男の名前が……」 『名前がどうした?』 口ごもる真紀を促す。真紀はまた書類をめくり、とあるページを早河に向けた。 「男の名前は三浦英司」 『おい、その名前は……』 真紀が早河に見せたページは美月から聞き出した三浦英司についての調書だ。 「明鏡大に問い合わせましたが、10月から3ヶ月の契約で三浦英司を非常勤講師として勤務させていました。三浦の担当する授業は総合文化学部2年生が選択科目にしているギリシャ神話と人間心理学。この授業は元々は総合文化学部教授の小林教授が毎年受け持っていたようですが、今年は小林教授がヨーロッパに長期出張のため、小林教授の紹介で三浦が代理を務めることになったそうです」  早河は調書を読んで黙り込む。 三浦英司、その名を持つ者がもうひとりいる。カオスのファントム、黒崎来人の自殺した同級生の名前も三浦英司だ。これは偶然? 『浅丘美月の大学に現れた黒崎来人の同級生と同じ名前の教師……偶然にしては出来すぎだ。そのヨーロッパ出張に行ってる教授とは連絡ついたのか?』 余りの栄養補助食品の封を開けた真紀はかぶりを振る。今日もまともな夕食は食べられそうもない。 「小林教授がヨーロッパの研究チームに招かれて9月に羽田からアムステルダム行きの便で出国したことはわかっていますが、どこの研究機関なのか、小林教授の秘書や家族も詳しく把握していなかったんです。教授はトップシークレットだと言って詳細を誰にも告げずにひとりでヨーロッパに行ったと」 『教授のヨーロッパ出張の話自体にも裏がありそうだな。最悪のケースを考えればヨーロッパのどこかで邦人男性の身元不明の遺体が発見されるかもしれない』 「その線も踏まえてアムステルダムがあるオランダと、ヨーロッパ主要国の大使館には連絡済みです。あちらで何かあれば阿部警視に連絡が入ると思います」  小林教授のヨーロッパ出張も三浦を潜り込ませる目的で貴嶋が手を回したのなら小林もカオスの人間か、あるいは単に利用されただけか。後者なら小林教授はすでにこの世にいないかもしれない。
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