第六章 Runway

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 取調室に入った早河は貴嶋佑聖と対面した。貴嶋は警察病院から警視庁に移送されたばかりだ。莉央に撃たれて負傷した肩と脚には包帯が巻かれ、彼は車椅子に座っていた。 室内に早河が入ってきても貴嶋は表情を変えない。独特の緊張感が漂う中で貴嶋の笑い声が聞こえた。 『まさかこの私が君の仕組んだ人形劇の観客にされていたとはね』 恨めしげに呟いた貴嶋はすぐにかぶりを振った。 『違うか……。最初から私は父の人形だった、そう言うことだな』 『そうだな。お前は辰巳に躍らされていた人形だ』  机を挟んで早河と貴嶋が向かい合う。こんな風に机越しに貴嶋と向き合って話をしたことが過去に数回ある。 場所は高校の教室、窓の外には夕焼け空が広がっていた。早河が懐古するあの頃の思い出も貴嶋は忘れてしまったのだろうか。 『スパイダーが君に居場所を教えたんだろう? 足跡を残さない完璧なクラッキング能力を持つスパイダーがわざと足跡を残して投降……おまけに私の可愛い美月まで解放してしまった。恐れ入ったね』 『お前は自分の作品に夢中になりすぎて周りが見えなくなっていた。現実は人形劇じゃない。人には心があるから予測不能な行動もする。スパイダーは操り人形ではなく心を持った人間だ。お前はそれをわかっていなかった』  逮捕直後のスパイダーが語った言葉には友人として貴嶋を想う心を感じた。スパイダーも莉央と同様に貴嶋を辰巳佑吾の操り糸から救いたいと思っていた。 だからわざとハッキングの形跡を残し、早河達にカオス側の居場所がわかるよう仕向けた。 『人は人形じゃない。マリオネットにはならないんだ』 『いいや、これからも人形は出てくる。人の心に闇がある限りマリオネットは作れる。私がいなくなったところで、また次のカオスが創られるだけのこと』 父親の操り人形として31年間生きてきた男には早河の想いは届かない。諦めと絶望の気持ちを抱えて早河は小さく頭を振った。 『そのの話を聞きたい。三浦英司、この名前を知ってるよな?』 『ファントムの同級生だった彼のことかい?』  貴嶋は動揺の欠片も見せない。虚ろな瞳は変わらないが口元には自信と余裕さえ感じられる。 絶対に見破られないトリックを仕掛けた時の自信満々な奇術師の顔だ。 『もうひとりの三浦英司を知ってるよな。明鏡大学の非常勤講師として浅丘美月と接触し、あのホテルに隔離されていた彼女の世話役をしていた男。俺はスパイダー逮捕の前にその男を見ている。身長180㎝前後、やせ形だが肩幅は広く、眼鏡をかけていた。あいつは何者だ?』 挑発的な眼差しで貴嶋は首を傾げた。 『この計画のために臨時で雇った人間も何人かいるからね。その中のひとりかな。臨時で雇った人間の顔はいちいち覚えてないよ』 『臨時で雇っただけの人間をお前の大事な浅丘美月の側に置くか? わざわざ明鏡大に潜り込ませたのも彼女を監視するためだ。お気に入りの女の世話役を任せるのなら、お前が信用する幹部の誰かだ』 貴嶋は答えない。無言を貫く貴嶋と睨み合う時間が数秒続いた後、取調室に真紀が入ってきた。 「警部、早河さん。これを見てください」  真紀が早河と上野警部に見せた二枚の用紙はパソコンのページをプリントアウトしたものだ。 「こちらが黒崎の自殺した同級生の三浦英司です。芸能活動をしていた彼のファンサイトから写真を見つけました。こっちが赤坂ロイヤルホテルにいた男です」 早河と上野は二枚の紙面を見比べて困惑する。自殺した三浦英司とロイヤルホテルにいた三浦英司、同じ顔が二つ並んでいた。 『貴嶋、どういうことだ? 15年前に自殺した三浦と同じ顔の男がなぜ存在している?』 『さぁ。どうしてだろうね?』 『赤坂ロイヤルホテル2702号室。この部屋に“三浦英司”は泊まっていた。浅丘美月がいた3003号室からも2702号室と同じ指紋や毛髪が採取できた。だが今回逮捕したカオス関係者や前科者リストのDNAと照合しても誰とも一致しない』 憎たらしくほくそ笑む貴嶋に詰め寄っても貴嶋は余裕の態度を変えない。 『試しに佐藤瞬のDNAとも照合してみたが一致しなかった』 『正体が見えない相手を追いかけるのは大変だねぇ』  貴嶋の言い様はまるで他人事だ。三浦英司が貴嶋の切り札であることは間違いない。 そして三浦は寺沢莉央にとっても切り札だったのだ。協力関係を結んだ莉央も三浦の存在は早河達にはひた隠しにしていた。 『寺沢莉央が俺達に渡したUSBにはカオスの機密情報が入っていた。いくら彼女がクイーンであったとしてもあれだけ詳細で膨大な情報をひとりで集めたとは考えにくい。寺沢莉央には協力者がいたはずだ。その協力者が三浦英司じゃないのか?』 『莉央が私に隠れてこそこそと何かをしていたことは知っている。だがそんなことまで私は把握していないよ。莉央に聞こうにも彼女はすでに天に召された』 莉央を偲んでいるのか、貴嶋の瞳に一瞬だけ悲しみの色が宿った。 『お前って意外と惚れた女には甘かったんだな。普段のお前なら裏切りに気付いた時点で裏切った相手を始末すると思うが、寺沢莉央にはそうしなかった』 『……自分でも驚いているよ。愛した女に失脚させられるのも悪くはないがね』  早河の夢に何度も現れたのっぺらぼうのマリオネット。 顔のないマリオネットの名は、貴嶋佑聖。  貴嶋の物語は辰巳佑吾のプロデュース通りに進んでいた。 辰巳の操る糸の先で、貴嶋はこの国の支配者として君臨する。それが14年前から定められた筋書きだ。 その筋書きを崩した存在が早河仁と寺沢莉央。特に寺沢莉央の存在はプロデューサー辰巳佑吾最大のイレギュラーだったのだろう。 貴嶋が莉央と出会った時から、辰巳の計画の破綻は決まっていたのかもしれない。
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