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12月18日(Fri)
羽田空港の出発ロビーに集まる人々の群れに早河の姿があった。
『じゃあママ、なぎさとトメさんを宜しく頼むよ』
『任せなさい。これでも空手やってたから腕っぷしはいいのよ。変な男が近付いてきたらこてんぱんにしてやるわ』
六本木キャバレーの経営者のみき子ママは普段の女装姿ではなく、黒のスーツを着た男性として早河の前に現れている。そうやって男の服装をしているとまるで別人だ。
みき子の他はなぎさと、寺沢莉央の実父、樋口祥一の家で家政婦をしていた仙道トメがいる。
身寄りのない莉央の遺体は警察の手配によって火葬が行われ、彼女の遺骨は北海道の寺沢家の墓に埋葬することになった。
北海道まで莉央の遺骨を運ぶ役割をなぎさとトメ、莉央の母の寺沢美雪と友人だった北海道出身のみき子が引き受けたのだ。
なぎさは莉央の遺骨を抱えている。大事な友人を最後まで故郷に送り届ける、それがなぎさの役目だった。
早河と一緒に見送りに来た矢野一輝が三枚の航空チケットをみき子に渡す。
『そろそろ時間だって。ほい、ママ。チケット』
『一輝ちゃんありがと。じゃあ行きましょうか』
「いってきます」
『気を付けてな』
みき子がなぎさとトメを促してゲートに向かった。高齢のトメは早河と矢野に一礼し、しっかりとした足取りで歩いていった。
『これで寺沢莉央もやっと故郷の母親のもとに帰れますね』
頭にまだ包帯を巻いている矢野はニット帽を深く被っていた。今日もこの後に病院で検査が待っている。
『まだすべて解決したとは言えないが、ひとまずは終わったな』
貴嶋の取り調べは続いている。だが三浦英司については貴嶋は口を閉ざして語ろうとはしない。生き残った幹部のスパイダーも三浦に関する情報は黙秘している。
『三浦英司。貴嶋やスパイダーにも隠し通されている謎の男。何者なんですかね』
『俺は佐藤瞬じゃないかと思ったんだが三浦と佐藤のDNAは一致しなかった』
『あーあ。佐藤が生きてるなら合点もいくのに。カオスは壊滅、貴嶋も逮捕できたって言うのに何かすっきりしませんね』
出発ロビーで早河と矢野が話し込んでいる時と同時刻、羽田空港第2ターミナル五階の展望デッキで佐藤瞬は空を見上げていた。
今日は旅立ちに相応しい、気持ちよく澄んだ青空だ。
「クイーンのお見送りですか?」
振り向くと後ろに沢井あかりが立っていた。日の当たるデッキに二人分の影ができる。
『君も見送りか』
「はい。クイーンとのお別れの日ですから。……私が初めてクイーンと出会ったのもこの時期でした。7年前のクリスマスの夜、私はキングとクイーンと出会って、カオスに入った……」
あかりは風になびく髪を撫で付けた。彼女の傍らにはキャリーバッグが置かれている。
『アメリカに帰るんだな』
「まだ帰りません。長崎に母の実家があるんです。久しぶりに祖父母の顔が見たくなって。年越しは日本で迎えるつもりです」
『そうか。空港内にはまだ早河達がいるだろう。見つかりたくないなら、しばらくここで待った方がいい』
「そうします」
鉄の鳥が青空を飛んでいく。あかりは横目で佐藤を盗み見た。彼は眩しげに目を細めて飛び立つ飛行機を眺めていた。
「警察は三浦英司の行方を追っています。少し探りを入れましたがホテルに残っていた三浦のDNAがカオス関係者の誰のものとも一致しないことに早河探偵達も戸惑っているようですね。あなたのDNAとも照合したようですが不一致だったとか」
『どれだけ探しても三浦は見つからないさ。三浦英司も佐藤瞬もこの世に存在しない』
「さすがの早河探偵もスパイダーが警察に保管されているあなたのDNAデータを改竄したことには気付いていません」
スパイダーが3年前に警察のデータベースに侵入して前科者リストの佐藤瞬のDNAデータを別人のものに書き換えた。貴嶋の命令であり、佐藤も周知の事実だ。
『まだな。あの男のことだ。いずれ気付くかもしれない』
「その時はどうします?」
『潔く法の裁きを受ける、それだけだ』
空を見ていた佐藤があかりに顔を向ける。
『君はすべて忘れろ。カオスはなくなった。君はもうカオスとは関わりがない。全部忘れて新しい人生を歩むんだ』
「無理ですよ。キングのこともクイーンのことも、カオスのことも、忘れることはできません。私はあの二人に救われました。カオスが居場所と言ったクイーンの気持ちがわかるんです。私も同じだから。キングとクイーンに出会わなければ私は間宮を殺して自分も殺していたでしょう」
小さく首を横に振り、彼女はキャリーバッグの持ち手を掴んだ。
「あなたにまだ謝っていませんでした。3年前、間宮を殺すためにあなたと美月ちゃんを利用した。ごめんなさい」
『謝る必要はない。間宮はカオスにとって邪魔な人間だった。あれはキングの命令だ』
「だとしても私は美月ちゃんを利用した。あの子は私の光です。その光を傷付けた。どこからが犯罪なんだろうって木村先輩に言われました。誰が知らなくても私自身が私の罪を知っている。私だけが全部忘れて何もなかったことにはできません」
あかりは上体を折り曲げて佐藤に詫びる。顔を上げた彼女は腕時計で時間を確認し、それ以上何も述べずに展望デッキを去った。
『誰が知らなくても自分が罪を知っている。……そうだな』
また飛行機が大空に羽ばたく。莉央を乗せた鉄の鳥も、もうじき飛び立つ。
『クイーン。安らかにお休みください』
尊く気高い主よ。今日のこの空は貴女のための空だ。
どうか安らかに、永眠を。
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