第六章 Runway

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 クリスマスソングが漏れ聴こえる街はどこか楽しそうだ。新宿区四谷の新宿通りを歩いていた香道なぎさは歩みを止める。 少し前まで賑わいを見せていた珈琲専門店Edenは店主の田村の死亡によって閉店となった。閉ざされた扉は二度と開かない。 「香道さん」 「あなた……Edenの店員の……」  前を歩いてきた女性がなぎさに向けて手を振っている。Edenに勤めていたバイトの女子大生だ。 「ここ潰れちゃったんです」 「そうみたいだね」 「いきなりバイト先がなくなってびっくりですよ。次のバイト先探さないと。うちの親、仕送りはしてくれても最低限の生活費だけなので、小遣い稼ぎのバイトがなくなると痛いんですよね。東京って色々とお金かかるから」 彼女がEden閉店の経緯をどこまで把握しているかはわからない。おそらくバイトの人間にまで情報は行き渡っていないだろう。 なぎさとしてはカオスが経営に携わっていた店で彼女が働くことがなくなり、安堵している。 「それじゃ」 「元気でね」  Edenがなくなった今、店員だった彼女と会う機会はない。どこかですれ違ってもお互いに気付かないかもしれない。 人との出会いはそんなものだ。街ですれ違っても電車の席で隣同士になっても、言葉を交わさないまま別れる人が大勢いる。 その中で出会って惹かれて、友情や愛情、信頼をはぐくみ、人と人は繋がりを持つ。 今日は12月22日の大安。なぎさにとって、新しい一歩を踏み出す日だ。 彼女は早河探偵事務所に繋がる道を進む。この道の先に待っている人の顔を思い浮かべて。 「ただいま」 『お帰り』  ただいま、と言えば、おかえり、と言ってくれる人がいる。今日もいつもの煙草とコーヒーの黄金コンビ片手の早河が優しく笑って出迎えてくれた。 事務所に飾られたクリスマスツリーの七色に灯る電飾が室内を照らす。 こんな風に、何気ない日常をこれからもずっと、あなたと一緒に歩いていきたい。  この先、辛いことも悲しいことも多くあるかもしれない。それでも、どこまでも続く二人のランウェイがいつまでも幸せの輝きで溢れますように。 第六章 END →Epilogue に続く
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