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Epilogue
──7年後……
2016年12月11日(Sun)
雪景色の中を赤色のスノーブーツを履いた少女が駆ける。猫耳がついたニット帽の下から覗くキラキラした瞳がこちらを向いた。
「パパー! 雪がいっぱいっ! まっしろ!」
東京ではここまでの雪は見られない。東京で生まれ育った少女には一面が雪に覆われた北海道の銀世界がよっぽど珍しい光景らしい。
空港についた時からこのはしゃぎ様だ。
『真愛、転ぶなよー』
「はぁーい」
早河真愛は片手をピシッと挙げた。返事だけはいつも元気満点、保育園でも大きな声で挨拶ができると先生に褒められている。
雪で埋め尽くされた広場には様々な大きさの雪だるまが並ぶ。東京にいるとめったに経験できない寒さに早河仁はダウンコートに包まれた身を竦めるが、娘の真愛は元気いっぱいに雪道を歩いていた。
「ママはどこいったの?」
雪だるま用の雪を丸めていた真愛が左右を見回す。早河も真愛の傍らに屈んで一緒に雪の塊を作った。
『友達に会いに行ったんだ』
「おともだち?」
『ママの大切な友達があっちで眠っているんだよ』
手袋についた雪を払って、早河は真愛の背後を指差す。そちらはこの広場に共に来た真愛の母親が歩いていった方向だ。
きょとんとした顔で真愛は早河の指差す先を見る。その先に何があるのか、彼女は漠然と知っていた。
「ママのおともだちもアキおじちゃんとおんなじ? えっと、お墓? で眠ってるの?」
『そうだよ。アキおじちゃんとお墓の場所は違うけどな。でもアキおじちゃんとママの友達は同じ場所にいる。二人ともお空の上の綺麗なところにいるんだよ』
子どもなりに父親の言葉の意味を理解したのか、真愛は頷いた。
「じゃあママのおともだちも寂しくないねっ! だってお空にはー、アキおじちゃんとー、パパのおじいちゃんおばあちゃんとー、みんな一緒にいるんだもんっ」
『ああ。みんな一緒だ。頑張って生きた人はお空の綺麗な場所に行けるんだ』
両手を目一杯広げて無邪気に笑う娘に早河も微笑が溢れる。人は死後にどこへ向かうのか、本当の事を教えられる者はいない。
だからこそ親が子どもに教えられる事は毎日を精一杯生きること、それだけだ。
「パパの夢はなぁに?」
『夢?』
大小の雪の塊を積むと真愛の膝上程度の大きさになった。拾った木の実と枝で雪だるまの顔を作る。
「保育園でね、大人になったらなりたいものを書いたの。マナはね、ケーキ屋さんと絵描きさんとアイドルになりたいって書いた」
『沢山だなぁ』
娘の将来の夢の話は聞いているだけで楽しい。どれも真愛らしい夢だ。
「パパの夢は?」
『パパの夢か……それならもう叶ったよ』
白い息を吐いて顔を上げると人影が見えた。早河の手が真愛の猫耳のニット帽に触れ、彼は真愛の身体を抱き上げる。きゃははっと声をあげる真愛が近付く人影に気付いた。
「あ! ママァー!」
早河の腕の中で真愛が手を振った。早河の妻のなぎさが真愛に手を振り返す。
早河の夢は叶っている。欲しかったものはここにある。
『話できた?』
「うん。きっと莉央が私達を守ってくれる」
なぎさはマフラーの下にあるネックレスチェーンを通した金色の指輪に触れた。寺沢莉央の形見だ。
今日は莉央の命日であり、貴嶋佑聖の38回目の誕生日。あの日から7年が経過した。
7年前の2009年12月22日に早河となぎさは婚姻届を提出し、二人は晴れて夫婦になった。2011年の3月には娘の真愛が産まれた。
早河は後見人の武田健造氏ルートから回る仕事を請け負いながら探偵業を続け、なぎさは真愛を出産した後、以前から社員にと誘われていた二葉書房の文芸編集部に転職した。
犯罪組織カオス壊滅後はあの激動の日々が嘘のように早河達は穏やかな日常を過ごしていた。これからもこの平穏が続くと思っていた。2ヶ月前までは。
2ヶ月前の2016年10月23日、東京拘置所に拘留されていた貴嶋佑聖が脱獄した。貴嶋は警察庁指定被疑者特別指名手配として全国に指名手配され、ICPOによって国際手配もされた。
しかし脱獄から2ヶ月が経っても貴嶋逮捕の知らせも目撃情報すらない。
「パパ! お腹空いたぁ。ハンバーグ食べたい!」
『わかったわかった。昼飯まだだったな』
早河はなぎさと目を合わせる。なぎさは娘を抱える早河の腕に手を添えた。
貴嶋との闘いはまだ終わらない。人の心に闇がある限りマリオネットは作れる……7年前の貴嶋の言葉通り、今も続々と貴嶋の操り人形は作られている。
終わりは新たな始まり。
新たな物語の幕が開かれた時、再び魔王は人類に謎を問いかける。
──“運命の赤い糸は、なぜ赤い色をしていると思う?”──
早河シリーズ最終幕 人形劇 ーENDー
→あとがき に続く
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