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真愛と斗真が手を繋いで早河達のもとに駆けてくる。仲が良いのは結構だが、姉と弟でもない小学生の女の子と幼稚園児の男の子が手を繋ぐ様が早河には引っ掛かった。
『真愛ちゃんのお父さんにお願いがあります』
斗真は小さな身体をぐんと伸ばして早河を見上げた。斗真は父親の隼人に面差しがよく似ている。整った顔立ちの彼の無垢な瞳は母親似だ。
『なんだい?』
身を屈めて斗真と目線を合わせる。斗真と真愛は互いの顔を見て、真愛は照れ臭そうに微笑した。真愛には珍しい表情だ。
斗真は大きく息を吸って、息を吐くと同時に叫んだ。
『真愛ちゃんを僕のおよめさんにくださいっ!』
早河は真っ白になった頭の中で斗真の言葉を一言一句、反芻する。
『斗真……いきなり何言ってるんだ?』
隼人も戸惑いを隠せない。父親二人が困惑する中、子ども達は繋ぎ合わせた手をぎゅっと握り直した。
親の知らないところで……少なくとも父親の知らないところで、この二人はデキていたという事らしい。
(いつの間にそんなことに……。なぎさは知ってたのか?)
母親同士ならば、あるいは周知かもしれない。いずれにしろ父親二人は子ども達の関係の発展にまったくついていけなかった。
早河は対応を考えあぐねて、また斗真と目線を合わせた。
『斗真くんは真愛が好きなの?』
『うん! お父さんとお母さんも好きだけど、お父さんとお母さんよりも真愛ちゃんが好きっ!』
5歳にして親よりも彼女が好きだと宣言する斗真には早河も隼人も苦笑いしかできない。
『早河さんすみません。相手にしなくていいですから』
『いいよ。ここは真剣に話を聞いてあげないとな』
子どもの恋愛なんてままごとの延長みたいなものだ。でも本人達にままごとのつもりはない。
純粋な子どもの想いを無下にはあしらえない。そう、これは男と男の話だ。
『真愛を大好きと言ってくれておじさんは嬉しいよ。じゃあね、斗真くんがこれからも元気でご飯を沢山食べて大きくなって、真愛を守れるくらい強くなったら、真愛をお嫁さんにしてもいいよ』
『ほんとっ?』
『うん。大きくなって、強い男になったらまたおじさんに真愛をお嫁さんにくださいとお願いしに来なさい。約束だ』
早河は右手の小指を差し出す。早河よりもかなり小さな小指がそれに絡んだ。
『ゆびきりげんまーんっ!』
斗真の元気な声でゆびきりの約束を交わす。
子どもの儚い恋物語が子どものうちに終わりを迎えるのかは親にも本人達にもわからない。
もしかしたらウェディングドレスを着た真愛の隣に斗真が立つ未来がいつか訪れるのかもしれない。
堂々と彼女の父親に挨拶に来た斗真の度胸は認めてやろう。だが今はまだ、娘の“一番格好いい男”の席は父親であって欲しいと望むのは親の身勝手な甘えだ。
カウンセリングが終わっている斗真は隼人に連れられて先に病院を出た。斗真を笑顔で見送る真愛が仕事に行く旦那を見送る妻の顔に見えてきて、これはいよいよ末恐ろしい。
『男前な彼氏、手に入れたな』
憮然としてしまう自分は我ながら大人げない。真愛は首を傾げておませに笑った。
「真愛、“としした”は興味なかったけど斗真くんは大好き。大人になったら絶対にいい男になるでしょ?」
まるで昔のトレンディドラマの女のセリフだ。どこでそんな言葉遣いを覚えたんだろう。
思いの外、真愛は早熟に育ってしまった。
どうせ来年になれば別の男の子の名前が出て、その子が好きだと言うに決まっている。
思春期になれば学校の先輩や男性アイドルに目移りするに決まっている……そう思いたいのに、思えない。
たとえ思春期に学校の先輩や男性アイドルに心を奪われる時期があっても真愛の心にはずっと斗真がいる気がする。
不思議なもので、真愛と斗真の間に流れるものはそんな安っぽく脆い想いではないように感じた。
これは探偵の勘? 男の勘? はたまた、父親の勘?
「斗真くんは大好きだけど、真愛はパパも大好きだよっ」
真愛が早河の頬にキスをした。猫みたく抱き付いて甘える真愛を甘やかし、髪や頬を撫でてやる。
いつかは真愛がこうして甘える存在も早河から斗真にバトンが渡される。そんな不確かな予感があった。
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