第二章 月夜烏

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 JSホールディングス経営戦略部のオフィスでは木村隼人がチームの面々と新製品プロモーションの会議をしていた。 隼人が指揮するチームは隼人を含めた六人で構成されている。リーダーの隼人の次に決定権を持つ副主任の吉川、入社6年目の半田(はんだ)に入社4年目の細井、同じく入社4年目でチームでは二名のみの女性社員の朝倉(あさくら)(ひとみ)、そして新入社員の坂下菜々子。 今日は自社製品の清涼飲料水のプロモーションについて協議している。健康志向を売りにしようとする半田側と美容面を売りにしたい朝倉側で意見が二つに割れていた。 最終決定権を持つ隼人は半田側と朝倉側のどちらの意見も取り入れつつよりいいプロモーションができる案を模索する。  会議がヒートアップする最中に隼人のスマートフォンの画面にチャットアプリ(※)の新着メッセージ表示が出た。 (※ここではLINE、カカオトーク等のアプリを指す) 隼人はアプリのメッセージを確認する。差出人は美月だ。 美月が仕事中に連絡をしてくることは滅多にない。あるとすれば斗真か美夢の体調不良を知らせる連絡だけだ。 今朝の様子では子ども達は元気そうだったが、それ相応の緊急事態が起きたのかもしれない。 『少し席を外す。そのまま続けていてくれ』  彼は部下に指示を出してフロアを出た。廊下でチャットアプリを開いてメッセージを確認する。  ―――――――――――――――  お仕事中にごめんなさい。  さっき佐藤さんが会いに来たの。  キングが動き始めてるから用心しろって言われて…  上野さんに相談した方がいいのはわかってるんだけど  もう頭のなかぐちゃぐちゃでどうしよう…  _______________  メッセージを読んだ隼人はすぐに通話を美月のスマホに繋げた。2コールで彼女が電話口に出た。 {隼人……} 『大丈夫か?』 美月の声は涙を含んでいて湿っぽい。今まで泣いていたのだろう。 {お仕事中にごめんね} 『いいよ。それより佐藤が会いに来たって?』 {今朝、斗真を幼稚園に送った帰りに……。家の近くで私を待っていたみたい} 『俺達の家はとっくに知られていたってことか。まぁ佐藤ならやりそうだな』 佐藤に自宅を知られていても驚きもしないで冷静でいられる自分はどうやら犯罪慣れしてしまったらしい。 『キングが動き始めてるって具体的にどういう意味だ?』 {わからない。佐藤さんは詳しくは教えてくれなかった。でもキングの目的は私だからって……}  それは犯罪組織カオスが壊滅した9年前から変わらない。貴嶋佑聖は当時も美月に興味を抱いていた。 『佐藤はキングの部下だろ? いくら美月のことでもこちらに情報をリークする真似をしてあいつは何のつもりだ?』 {それが……佐藤さんはカオスを解任されたって言ってたの。もうカオスの人間ではないのかも} 『ってことは佐藤とキングが対立関係にあると考えていいのか……』  目を閉じると12年前に顔を見たきりの男の姿がおぼろげに記憶の海から引き揚げられる。当時の隼人は大学生、佐藤は30代。 憎らしいほど大人の余裕を兼ね備えた佐藤瞬は最後まで憎らしい男だった。 隼人が初めて本気で愛した美月の心を、いつまでも捕らえて離さない佐藤が憎くないと言えば嘘になる。 美月の心に居座る佐藤と闘い続けて12年。気付けば隼人はあの頃の佐藤と同じ年齢になっていた。 『とにかく、キングの狙いが美月なら警察のガードが必要だ。上野さんに連絡するからには、事の経緯を説明するために佐藤が生きていることも話さないといけない。美月、その意味をわかっているよな?』  犯罪者の佐藤の生存を警察に報告する意味。すなわち、佐藤には法の裁きが待ち受けている。 {……わかってる} 隼人は美月の芯の強さを知っている。ずっと見てきたんだ。ずっと守ってきたんだ。 覚悟を決めた美月の声はもう涙に震えてはいなかった。
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