第一章 小夜曲

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 絢が投稿にいいねを押さなかったことが原因で香奈は絢を無視するようになった。夏休みが明けて新学期が始まると、リーダー格の香奈に従う歩美と瑞樹も香奈を無視し始めた。 たかがSNSの投稿に〈いいね〉を押さなかっただけで、絢は香奈達の友達の輪から排除された。薄っぺらい友情だ。 絢はいいねと思わなかったから押さなかった。もしもSNSに〈よくないね〉ボタンがあれば迷わずそちらを押していた。 SNSは食べ物を粗末にしてまでやらなくてはいけないことではないからだ。 しかし香奈にとって〈いいね〉が貰えることは食べ物よりも大事なものらしい。  インスタ映えという言葉が流行し、メディアがどれだけ〈いいね〉の犠牲になった迷惑行為の被害報道を伝えても香奈には届かない。 今日も香奈は写真撮影が禁じられている線路に入って写真を撮り、車の存在にも気付かなかった。いいねを稼ぐためなら車や電車に轢かれてもいいのか?  香奈達が絢への無視を止めて彼女をまたグループに招いたのは11月頃。だがグループ内での絢の扱いは酷かった。 香奈達のインスタ映えのための撮影係と買い出しのパシり。香奈達の飲食物の料金は絢が支払っていた。 バイト代だけでは足りず、両親の財布から数千円盗んだ時もある。  SNSに壊された友情。こんなに小さくてくだらないことで壊れる友情なら最初から友達ではなかったのかもしれない。  帰宅してもう一度、香奈のインスタグラムのアカウントを覗く。一般の女子高生のどこにそんな人脈があるか不思議に思うが、香奈のインスタのフォロワー数は539人。さっき見た時は517人だった。 またフォロワーが増えている。 このフォロワーの中で香奈が本気の話をできる人間がどれだけいる?線路内に入って写真撮影するのは危険だと、諭してくれる人がどれだけいる? 香奈のことを本気で考えて本気で叱ってくれる人がこの539人の中で何人いる?  フォロワー数もいいね数もただの数字。でも多ければ多いほど〈勝つ〉のが今の文化。 くだらない。くだらない。ちっぽけな画面に左右される自分もちっぽけでくだらない。  絢はツイッターの〈あや@自殺垢〉アカウントを開いた。フォロワー数は13人。 非公開設定にしたこのアカウントだけが絢の心を理解してくれる居場所だ。 先ほどのツイートにリプライ《返信》が来ていた。相互フォロワーのまりにゃんからだ。 まりにゃんは同い年の性別は女性、まりにゃんについてはそれしか知らない。   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  あや@自殺垢  いいねの数欲しいだけの投稿うざい  →まりにゃん  わかるー。うざいよね  _______ 絢はまりにゃんにリプライを打つ。   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  →あや@自殺垢  まりにゃんー!私もうムリ。死にたい。  なんで生まれてきたんだろう  →まりにゃん  私も。生きていてもイイコトないよね。  死んじゃう??  →あや@自殺垢  でもひとりは嫌。怖いしさみしい  →まりにゃん  私もひとりでは死にたくないなー。  あやちゃんって関東住みだったよね?  ________ 突然まりにゃんが話題を変えた。   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  →あや@自殺垢  うん。東京だよ  →まりにゃん  私は茨城。あのね最近知り合った自殺垢の人に教えてもらったんだけどひとりで自殺するのが怖い子集めてる団体があるんだって  →あや@自殺垢  団体?宗教みたいなヤバい系?  →まりにゃん  んー、たぶん怖いとこじゃないよ  むしろ私たちの味方だと思う。  そこで話を聞いてもらえて死ぬ方法を教えてもらえるの  ________  その話題に興味を抱いた絢はまりにゃんとリプライのやりとりを重ね、自殺志願者を集める団体の情報を得た。 団体の連絡係のシトリーと呼ばれる人物のツイッターアカウントに死にたいとメッセージを送ると、シトリーからある場所を示したURLがツイッターのダイレクトメッセージで送られてくる。 URLを開いてそこに書いてある場所に行けば、自殺の方法を教えてくれる。ひとりで死ぬのが怖いなら同じ思いをしている者が集まって集団で旅立てばいい。 シトリーのツイッターアカウントは特殊で、常に新しいアカウントに変わっている。まりにゃんが知り合った自殺専用アカウントの男がシトリーの現在のアカウントを知っていた。  生きていても価値のない世界  生きていても価値のない私  さよならしよう。  絢は現在のシトリーのツイッターにメッセージを送った。
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