第一章 小夜曲

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 1月18日午後2時、東京都東久留米市の空き家で未成年者男女五人の死体が発見された。  警視庁捜査一課警部補の小山真紀は死体発見現場の空き家に入る。顔馴染みの検視官の遠山がちょうど検視を終わらせたところだった。 遠山は真紀を手招きして傍らに呼び、死体を指差した。 『またいつものやつ』 「またですか……」 遠山の報告に彼女は頭を抱えた。昨年から未成年者の集団変死体が相次いでいる。 死因は一酸化炭素中毒や薬物による中毒死がほとんど。他殺ではなく自殺として処理されているがこの集団自殺には共通点があった。 「ガイシャのスマホです」  部下の土屋千秋がスマートフォンを真紀に渡す。ピンク色の可愛らしいスマホカバーのついたスマートフォンは自殺した五人の男女の誰かの持ち物だ。 スマホのホーム画面には四角いアプリマークが並んでいる。カメラやゲームのアプリが並ぶ画面から真紀はツイッターのアプリをタップした。 〈あや@自殺垢〉のアカウントに繋がった。 アカウントのフォロワーは13人、フォロー数も13人の小規模なコミュニティは閲覧を許可されたフォロワー以外は外部からの閲覧ができない非公開設定になっていた。 「アヤって名前の子がこの中にいるのね。女の子は二人だからそのどちらか」 「今回も身分証の類いは発見されていないので、携帯番号から契約者を洗っています」 自殺者五人の顔立ちはまだ幼く、明らかに未成年者に見える。未成年者の携帯電話の契約者は保護者、大抵が親だ。  〈あや@自殺垢〉の最後のツイートは1月17日23時24分。最後のツイートには真紀が何度も目にしたフレーズが綴られていた。   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  親愛なる貴嶋佑聖にこの身を捧げます  キングの復活を我は望む  _______________ 他の四人のツイッターにも同様のフレーズが同時刻にツイートされていた。 「また貴嶋の名前」 うんざりした顔で真紀は〈あや@自殺垢〉のスマホを千秋に預ける。千秋は五つのスマホを証拠品のケースに保管した。  現場の外に出るともうひとりの部下の芳賀敬太が真紀に駆け寄った。 『スマホの契約者が三人わかりました。杉さんが契約者の自宅に向かっています』 「わかった。芳賀くんは引き続き残りの契約者を調べて。あとは捜索願が出ているケースもあるよね。前の時も家出して捜索願が出されていた男の子がいたから」 先月のクリスマスイブの日にも江東区で集団自殺事件が発生した。自殺者はやはり未成年、家出した中学生や高校生だった。 2ヶ月前、3ヶ月前も東京を中心とした関東近郊で同じような集団自殺事件が多発。  自殺者達のツイッターアカウントには〈あや@自殺垢〉と同様に自殺をほのめかす言葉が呟かれていて、自殺する直前の最後のツイートは〈親愛なる貴嶋佑聖にこの身を捧げます。キングの復活を我は望む〉のフレーズで締め括られていた。 まるで辞世(じせい)の句のようだ。  千秋が運転する車が東久留米市から霞が関の警視庁への帰路を辿る。これから頭の痛くなる捜査会議の時間だ。 「でも“キングの復活を我は望む”って意味深な呟きですよね。キリストの復活みたい……」 「あんな奴を復活させたいと思う心理が理解できない」 助手席のシートをわずかに倒して真紀は目を閉じる。昔は徹夜をした翌朝も体は軽々と動けていたのに今は移動時間に少しでも休まなければもたない。 37歳の年齢からくる衰えには勝てないことを身を持って実感した。 「貴嶋とはどんな人だったんですか? 真紀さんは9年前のカオス壊滅の時も捜査を担当されていたんですよね」 「とにかく嫌な奴よ。私がこれまで出会った犯罪者で一番の悪党。思い出すだけでムカムカする」 千秋に尋ねられて真紀はまどろむ瞼の裏側で貴嶋佑聖の憎たらしい笑みを思い出す。  貴嶋佑聖の名前を警察関係者で知らない者はいない。真紀は9年前の犯罪組織カオス壊滅の時に捜査本部を指揮した警察庁の阿部知己警視監の命を受けて動いていた。 いわばあの時の捜査本部の中心メンバーだ。 犯罪組織カオスの壊滅を見届け、逮捕した貴嶋の取り調べも担当した。 一昨年の2016年10月23日に貴嶋が東京拘置所を脱獄。ICPO(国際刑事警察機構)によって国際指名手配されたものの、彼の身柄を確保できないまま2018年を迎えた。  真紀のスマホが鳴る。芳賀からだ。 {スマホの契約者、全員分特定できました。そちらに詳細送ります} 真紀のタブレット端末に芳賀から自殺者五人が所持していたスマートフォンの契約者名が一覧で送られてきた。 羽石和博、大久保智嗣、稲垣健介、岡部照子、古川皐月。全員が親の名前だろう。 ここから自殺者の子どもを辿る作業になる。  最初の未成年者の集団自殺事件は2017年4月に起きた。死因に不審な点がないことから自殺の判断になったが、自殺者達は全員が何らかのSNSアカウントを利用していた。 特に若年層を中心として複数のSNSアカウントを利用する傾向にあり、リアルな友達=〈リア友〉専用のアカウントや趣味専用のアカウントと分けている十代は多い。  自殺者達もリア友繋がりのSNSアカウントと趣味アカウントなど複数のアカウントを使い分けている者が大半だった。先ほど真紀が閲覧した〈あや@自殺垢〉もアカウントを切り替えると〈aya〉と彼女の日常を綴るツイッターアカウントが現れた。 しかし〈aya〉のアカウントのツイートは2017年8月でツイートの更新は止まっている。  連続して起きている未成年者集団自殺事件の最大の共通点はSNSアカウントでたびたび目にする自殺者専用のアカウント。集団自殺した未成年者達は皆が自殺専用SNSアカウントを所持する自殺志願者だったのだ。
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