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一方、木村家に渡辺亮が訪れた。美月の不在で機嫌が悪かった斗真も遊び相手の渡辺の来訪に大喜びだ。
渡辺も揃ってのランチタイム。出掛ける前に美月が作ってくれたオムライスをレンジで温め、隼人がケチャップで描いたあまり上手いとは言えない猫の絵のオムライスを斗真はスプーンですくった。
美夢にも一歳児用に味付けをアレンジしたチキンライスを食べさせる。ご飯を手掴みで食べる美夢の手や口回りについたご飯粒を隼人が甲斐甲斐しく拭いてやっている。
渡辺は持参したファーストフードのハンバーガーを頬張りつつ、息子と娘の世話をする隼人を眺めていた。
『隼人ってそうやってるとパパ感出てるよな』
『俺めちゃくちゃパパだし』
『あの女たらしがここまでイクメンに成長するとは思わなかった』
『うるせぇ』
隼人は無許可で渡辺のフライドポテトを掴んで口に放り込む。入院中は病院食ばかり食べていた隼人には久しぶりに食べるジャンクフードの味だ。
斗真がトイレに行っている間に渡辺が本題を持ち出した。
『大丈夫なのか? あの二人、前科一犯だぞ』
『じゃあ俺も前科一犯ってとこか』
斗真と美夢の食事を済ませてようやく自分の食事を落ち着いて食べられる環境になり、隼人はオムライスを咀嚼して頷いた。
『お前の場合は前科一犯どころじゃねぇぞ。今まで何人の女泣かせたと思う? 俺の記憶では幼稚園の頃には既に二股かけてた』
『幼稚園まで遡るな』
『ま、それは冗談。隼人がヒロと美月ちゃんのことに責任感じるのはわかる。でも本当に平気か? お前、佐藤のことでもかなり無理してたじゃん』
しばし無言で隼人はオムライスを口に運ぶ。平気かと問われても素直に首を縦には振れなかった。
『強がってはいる。内心は穏やかではいられねぇよ。言い出しっぺが落ち込んで、笑っちまうよな』
トイレから戻ってきた斗真が当たり前のように隼人の膝の上に座った。
落ち込んでいても息子と娘が側にいてくれる。美月に面差しのよく似た美夢が隼人に笑いかけていた。
『しかしヒロが隼人にここまでなつくとは俺も驚きだった。お前って昔から女だけじゃなく男にもモテるよな。年上からも年下からも慕われるっつうか……。そうそう。この前、うちの教授の講演会で愁を見かけた』
『愁?』
『ほら、いたじゃん。俺らが高校三年の時、生徒会室の隣の空き教室によく昼寝しに来てた一年の木崎愁 (※)』
『ああ……いつも一人で本読んでた奴か』
高校時代のことなんてもう15年は前になる。同級生や教師の顔も曖昧になるが、それでも印象深かった人間は記憶の片隅に残るものだ。
『無口な奴だったけど隼人と悠真とはよく話してたよな。愁は夏木グループの会長秘書やってるらしい。夏木グループが研究の資金援助するとかで、講演会に会長と一緒に来てた』
『あの誰ともつるまない愁が大企業の会長秘書ねぇ。似合わねぇな』
付けっぱなしのテレビからは昼のニュースが流れている。渋谷区で若い女の死体が発見されたと滑舌のいいアナウンサーが伝えていた。
ニュースの途中で隼人はチャンネルを切り替える。殺人事件が起きるのはミステリー小説の世界だけで充分だ。
チャンネルを切り替えた先では赤坂のグルメ特集が放送されている。青空に映える赤坂Bizタワーが画面いっぱいに映っていた。
昨年11月に赤坂にオープンしたイタリアンレストランが紹介される。
店名はmughetto。イタリア語で鈴蘭を意味するようだ。感じのいいオーナー夫人がインタビューに答えている。
『結婚記念日もうすぐだろ。今年はどうするんだ?』
『俺の身体がこんなんだからな。夜に食事行くくらいしかできねぇかも。この店は赤坂か……』
今月の24日は結婚記念日だ。毎年、結婚記念日には子ども達を両親に預けて美月と二人でデートをする日と決めている。
隼人はテレビ画面の下部に表示されている〈mughetto〉のインスタグラムアカウントを検索してフォローした。
(※木崎愁は早河シリーズの後継作品【Midnight Edenシリーズ】の主人公)
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