白昼夢 ~10years later~

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0.ストーリーテラー ~angel~  2016年8月。アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス。東京から約8,820㎞離れたこの街で私は生きている。 両親と幼少期からロサンゼルスで暮らしていた私は16歳になる年に親元を離れて東京の高校に進学した。 東京には父方の祖父母が存命している。私は祖父母の家で十代後半の青春時代を過ごした。  私には殺したい男がいた。日本のミステリー小説界の帝王ともてはやされているベストセラー作家の間宮(まみや)誠治(せいじ)だ。 父の友人である間宮とは幼い頃より親交があり、私は間宮を優しいおじさんだと思い込んで慕っていた。悪魔も同然のあの男を慕っていた幼少期の過去は思い出すだけでおぞましい。  間宮は未成熟な幼女に性的興奮を感じる男だった。私は間宮の餌食にされ、わずか5歳で間宮に身を汚された。  間宮をいつか殺すと胸に秘めた17歳の冬。高校の冬季休暇でロサンゼルスの実家に帰省していた私はあの二人と出会った。 犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖と彼の隣にはこの世の人間とは思えない美しく気高いクイーンの寺沢莉央がいた。 その頃のキングとクイーンは同じロサンゼルス州の街、パサデナに住居を構えていた。 キングとクイーンに出会った私はカナリーの名を(たまわ)り、犯罪組織カオスの一員となった。 カオスに入ってからはアメリカに帰るたびにキングに射撃を教わり、武術も勉強した。日本の道場で稽古した空手はそれなりの腕前だと自負している。  私の自己紹介はこの辺りにしておこうか。……しかしもうひとつ、私の人生に欠かせない存在をここに綴っておく。  高校1年の夏期休暇に間宮に連れられて静岡県の海沿いのペンションを訪れた。間宮と二人きりの旅行は気が進まなかった。 私が初潮を迎えて体つきが変化しても間宮は私を求め、静岡旅行でも間宮は幾度となく私を要求した。 間宮と16歳の私が同じ部屋に宿泊していても誰も不思議に思わない。間宮は未婚だったが彼が私を娘のように可愛がっていると周囲には認知されていたからだ。 行為の最中に間宮が囁く自分の名前が大嫌いだ。私の名前はカナリー。 快楽に酔ったお前が気持ち悪く囁くその名前は私ではない。  ペンションに宿泊して二日目の真夏の昼下がりに天使に出会った。天使の名は浅丘美月。 当時12歳の美月はここのペンションオーナーの姪だ。オーナーの姉夫妻が美月の両親。 美月は両親と妹と夏休みの余暇を叔父のペンションで楽しんでいた。  私を道具にして快楽を存分に味わった間宮は小説の執筆を始める。私は間宮の匂いを消したくてシャワーを浴び、執筆に没頭する間宮を部屋に残して外に出た。 広間に面したウッドデッキで美月と妹がシャボン玉を吹いて遊んでいる。広間の窓際に立つ私は彼女達が作り出したシャボン玉がふわふわゆらゆら宙に舞う様をぼうっと眺めていた。 私に気付いた美月が笑顔で駆け寄ってきた。 「お姉ちゃんもシャボン玉やる?」  彼女は未使用のシャボン玉の吹き具を差し出した。きらきらの瞳が微笑んでいる。 この子の笑顔は例えるなら月光のように人を優しく包み込む。美月……その名前がよく似合う可愛い少女だった。 「お姉ちゃんのお名前は?」 「……あかり」 間宮に囁かれるこんな名前、いらない。私はカナリー。私は歌を忘れたカナリア。 「あかりちゃんね! ぽかぽかする名前だ!」 「……ぽかぽか?」 「あったかい感じ。太陽や電気も“灯り”って言うから皆を明るく照らすみたいな、ぽかぽかする名前だよね」  12歳の女の子らしい単純明快な発想が私の心を救ったなんて、この少女は知らない。嫌いな名前が少しだけ好きになれた瞬間だった。  美月との出会いから3年後、私は啓徳(けいとく)大学に進学した。 大学ではミステリー研究会への入会を決めた。 中学時代から読み漁っていた推理小説はいつか間宮を殺すためにと知識を蓄える目的で読んでいたのだが、この際もっと幅を広げて推理小説とやらを研究してみるのも悪くないと思ったのが入会の動機だ。  ミステリー研究会は一筋縄ではいかない曲者揃いだった。特に私が入会した頃から研究会の中枢に居座っていた男が1年先輩の木村隼人。 木村隼人はまだ2年生ながら雄弁な物言いで先輩達を圧倒していた。  木村隼人の隣にいつもいるのが彼の幼なじみの渡辺亮。 最初のきっかけは些細なことだったと思う。会報誌に乗せるために私が書いた短編のミステリーを渡辺は面白いと言って褒めてくれた。 ただそれだけなのにそんなことが嬉しくて、気付いた時には渡辺亮に恋をしていた。 だけど渡辺亮には想い人がいた。 同じミステリー研究会所属の加藤麻衣子。私が慕う麻衣子先輩は木村隼人と渡辺亮の幼なじみだ。 この幼なじみ三人組には他者が入り込めない絆のような切っても切れない繋がりがあった。  大学3年生に進級した春に渡辺亮に告白をしたが、彼への告白を決めた出来事がある。 夏期休暇にミステリー研究会の合宿で間宮と推理討論会を行う計画がその頃から持ち上がっていた。 推理討論会のバックアップで間宮が懇意にする並木出版が関わると知った私は機は熟したと確信した。並木出版には彼がいる。 並木出版編集者の佐藤瞬。  佐藤は私の正体を知らないけれど、私は佐藤がカオスの一員であると知っていた。推理討論会で佐藤が何を企てようとしているのかもキングに聞いていた。 私は推理討論会の最中に折りを見て間宮を殺そうと思っていた。間宮を殺して過去を清算し、アメリカに帰る。 渡辺への告白は日本に未練を残さないためのケジメだったのに、予想外にも彼との交際が始まって拍子抜けした。  推理討論会の開催場所は美月の叔父が経営する静岡の例のペンション。美月と出会った思い出の場所が殺人事件の舞台となるのには少しの躊躇いがあった。 高校生になった美月は叔父の手伝いでペンションに来ている。殺人事件に美月を巻き込みたくはなかったが計画は止められない。 佐藤の殺人計画も私の殺人計画も、誰にも止められない。
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