白昼夢 ~10years later~

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0.ストーリーテラー ~daydream~  2006年8月4日に私達ミステリー研究会のメンバーと並木出版編集部の面々は静岡のペンションを訪れた。 オーナーの姪の美月とは2年振りの再会になる。2年前は中学生だった彼女は17歳となり、幼かった顔立ちには美しさが加わっていた。  1日目の夜に佐藤の殺人計画は遂行される。佐藤が最も憎悪を抱く復讐相手の男子学生が殺された。本来ならば佐藤は男子学生を殺害後に自ら命を絶つ予定であった。 だがイレギュラーな嵐による土砂崩れで隣街との唯一の繋がりのトンネルが封鎖、私達はペンションに留まることを余儀なくされた。 この状況下では佐藤は逃げることも自殺もできない。 イレギュラーな事態は次々と起きた。二人目の犠牲者として目撃者のカメラマンの亡骸が転がる。 殺される必要のない予定外の殺人だった。  佐藤にも私にとっても、最大のイレギュラーは佐藤と美月が恋仲になっていたこと。二人の間に木村隼人が割って入り、見ているだけなら面白い三角関係の構図が出来上がっていた。 しかし私は三角関係を悠長に傍観している場合ではない。私はここで間宮を殺さなければならない。 この非常事態を利用して佐藤に間宮を殺させなければならない。  キングからは間宮の殺害命令が下りていた。間宮はカオスの情報を嗅ぎ回る目障りな存在としてキングが以前から疎ましく思っていた男。 どうやって佐藤に間宮を殺させる? 佐藤の弱味を掴んで彼を揺さぶれば佐藤は間宮を殺すだろうか? 佐藤の弱味として私は美月を利用する手を思い付いた。愛する美月を人質にすれば佐藤は必ず間宮殺害を実行すると踏んだ。 佐藤に殺させるために美月を利用した。私を慕い、いつも私に笑顔の光を与えてくれた彼女を傷付けた。 私は許されないことをしてしまった。 計画通り間宮は佐藤の手で葬られた。私を苦しめていた悪魔はもういない。やっと間宮から解放された喜びで震え上がった。  佐藤瞬は逮捕直前に撃たれたフリをして海に身を投げた。すべてキングの計画通り。 佐藤を撃った時の発砲音は空砲の音だった。海に落ちた佐藤は海中で待機していた仲間に救出され、警察の網の目を潜って静岡を脱出した。 警察は佐藤を発見できず、三人の人間が殺された静岡連続殺人事件は被疑者死亡で幕を閉じた。  そろそろ私の独白も終わりに近付いてきた。あと少しお付き合い頂きたい。  静岡連続殺人事件の後、私は渡辺亮に別れを告げてアメリカに戻った。 美月にはアメリカ行きを話さなかった。日本を離れた理由のひとつには佐藤を失って傷付き、泣いている美月を見ていることが出来なかったから。 己の復讐を遂げるために美月の恋心を利用した。誰が知らなくとも私自身が知っている最大の罪。  私が犯罪組織カオスの人間だと知るのは木村隼人と探偵の早河仁だけ。勘のいい木村隼人は私が間宮を憎んでいることを見抜いていた。 木村隼人も早河仁も警察と美月に私の正体は話さなかった。もちろん渡辺亮も私のもうひとつの顔を知らない。 渡辺にも美月にも真実は知られたくない。こんなに醜い姿を知られたくない。 大切な人を傷付けてでも欺いてでも、どんなに卑怯なことをしてでもやり遂げたかった。  心の拠り所としていた犯罪組織カオスは7年前にキングの逮捕と共に壊滅。私の名前もカナリーではなくなった。         *  ──アメリカ時間、2016年8月4日午前7時。 『Akari』  朝日の差し込むベッドルームでアメリカ人の夫が私の名を呼ぶ。カナリーではなくAkariとして呼ばれる私の名前。 Akariは日本語でどんな意味を持つかと夫に聞かれた時に私は〈Light〉と説明した。太陽のあかり、電気のあかり、ろうそくのあかり、皆を明るく照らす、ぽかぽかの光。 美月が私に与えてくれたものだ。  美月と出会えて私は救われた。私だけではなく佐藤瞬と木村隼人にとっても美月は光だった。 日本から遠く離れたこの地で私はあの子の幸せを祈り続けている。  夫は私が犯罪組織に所属していた過去も、間宮誠治との悪夢も知らない。私に罪があるのなら、大切な人達を欺き通していると言う罪だろう。 誰にも言えない罪を抱えて生き続けよう。それが私の贖罪。 真夏の白昼夢から10年後、私は間もなく母親になる。私の胎内に宿る命は今日も元気に生きていた。
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