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2.小さな出会い
10月23日(Sun)
東京都豊島区に建つホテルの結婚式場では今日、加藤麻衣子の結婚式が行われる。
麻衣子の友人の早河なぎさは披露宴で読むスピーチを原稿を見て反芻していた。彼女の隣にはパステルイエローのワンピースを着ておめかしをした娘の真愛が退屈そうに座っている。
「ママ、まだ始まらないのー?」
「もう少しだから待っててね」
ぶらぶらと足を揺らした真愛はその弾みで椅子から降りた。
「おさんぽしてきてもいい?」
「あんまり遠くには行っちゃダメよ。お外にも出ちゃダメ。あと、ちゃんと電話は持っていてね」
「わかってるわかってる」
得意気に笑って真愛は子ども用携帯電話の入るポシェットをポンポンっと叩いた。彼女はなぎさの側を離れてロビーを横切る。
きらきらのシャンデリア、ぴかぴかの床、大きな窓から見えるお花畑、絵本で見るお城のようなホテルの空間に真愛は目を輝かせた。
「パパも来ればよかったのにぃー。またおしごとなんだもん。つまんない」
父親の早河仁は仕事があってここにはいない。本当は早河も一緒に来るはずだったのが、真愛が起きた時にはもう家に早河の姿はなかった。
螺旋階段の最後の一段をピョンっと跳ねて飛び降りる。運動神経のいい真愛は保育園の運動会のかけっこも一等賞だ。今は縄跳びにはまっている。
『うわぁー! 電気がきらきらっ!』
男の子の声が聞こえた。チェック柄のベストとお揃いのズボン、洒落た赤の蝶ネクタイをつけた真愛より年下の男の子が父親に手を引かれて歩いてくる。
可愛い男の子だなと真愛は思った。保育園の同じ組で人気のあるヒカルくんと同じくらい顔が可愛い。
(ヒカルくんよりも可愛いかも。お父さんがかっこいいからかなぁ? でもマナのパパの方がもっとかっこいいけどね)
真愛の基準では世界一かっこいい存在は父親の早河だ。今日はヒラヒラのワンピースを着てお洒落して、大好きな父と出掛けられると思っていた彼女は父親の不在で機嫌がよろしくない。
『受付何階?』
「三階」
男の子の父親とお腹の大きな女性が話をしている。女性は男の子の母親だろう。
『エレベーターで行くか。階段キツいだろ』
「大丈夫。三階なら階段で……」
女性が真愛に目を留めた。彼女は真愛を数秒眺めた後に男性に何か話しかけている。
男の子も丸い目をぱちぱち動かして真愛を見つめていた。
『早河さんのところの?』
「写真でしか見たことないけど、たぶん早河さんのお嬢さん」
早河は真愛の苗字。もしかして彼らは自分の話をしているのかもしれないと思った真愛は二人に近付いた。
「マナのこと知ってるの?」
真愛に話しかけられて少し驚いた様子の二人は顔を見合わせて微笑する。女性が大きなお腹を抱えながら真愛の背丈に合わせて身を屈めた。
「こんにちは」
「こんにちは。お腹、赤ちゃんいるの?」
「そうだよ」
「触ってもいい?」
「いいよ」
真愛は彼女の腹部の膨らみにそっと触れた。
女の人から子どもが産まれることを最初に知ったのはいつだった?どこだった?
お母さん犬から沢山の子犬が産まれました――そうだ、最初に“お母さん”から子どもが産まれることを知ったのは絵本の中だった。
「あっ……」
真愛はお腹の向こう側にいる命の気配を感じる。何かが動いた。
「赤ちゃん動いてるでしょ?」
「うん。もぞもぞ……? ……ごろごろ……?」
「今日はよく動くんだよ。真愛ちゃんにこんにちはってご挨拶してるのかな」
「えへへっ。こんにちは」
真愛はお腹の命に挨拶した後に、父親の後ろに隠れている小さな男の子に片手を差し出した。
「ごあいさつ。こんにちはっ!」
男の子は真愛が差し出した手を見てから戸惑いがちに父親を見上げる。父親は男の子の手をとって真愛の手と繋げた。
『斗真って言うんだ。よろしくね』
男の子の父親が名前を教えてくれた。トウマ……真愛が通う保育園にはいない名前だ。
「トウマくん、私の名前は早河真愛。よろしくね」
『……うん』
真愛と斗真は握手を交わす。握った手を勢いよく振る真愛に照れた斗真はまた父親の後ろに隠れてしまった。
「みんな上に行くの?」
「うん。真愛ちゃんのお父さんとお母さんも上にいる?」
「パパはいないけどママはいるよ。トウマくん、一緒に行こっ!」
真愛は斗真の手を引っ張って階段を上がっていった。パステルイエローのワンピースを着た年上の女の子にエスコートされる蝶ネクタイの男の子のカップルは見ていて微笑ましかった。
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