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2009年12月12日(Sat)午前7時
目覚まし時計や携帯電話のアラームがなくても今朝は自然と早くに目覚めた。
高山有紗はベッドを出てカーテンを開ける。少し曇ってはいるが朝日の光が気持ちよかった。
部屋着に着替えて階下に降りると父の高山政行がキッチンから顔を見せた。
『有紗、早いじゃないか。土曜日はいつも昼近くまで寝ているのに』
「うん。なんか目が覚めちゃった」
リビングに置いてある朝刊を手に取る。普段は滅多に読まない新聞も今日は特別だ。
探すまでもなく目当ての記事は一面に大きく報道されている。犯罪組織カオス壊滅、題名の文字が真っ先に飛び込んできた。
「あの人逮捕されたんだね」
新聞記事に視線を落として呟く。副題には犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖逮捕と載っていた。
有紗の前で臨床心理士の神明大輔と名乗っていたあの男は昨日逮捕された。
『早河さんが頑張ってくれたおかげだね。ご飯は?』
「後で作って食べる」
読み慣れない新聞記事の細かい文字を追う気にはなれない。携帯電話のネットニュースの方がまだ気楽に読める。彼女は新聞を隅に置いてキッチンに向かった。
「早河さん怪我してないよね?」
『早河さんは大丈夫だ。でも……カオスのクイーンは亡くなったらしい。その人は加藤先生と香道さんのご友人だそうだ』
「加藤先生となぎささんの……?」
有紗は牛乳をカップに注いでレンジに入れる。キッチンで洗い物をしている父の表情は曇っていた。
『世間には伏せられているけどその人が早河さんに協力してくれたからカオスを壊滅に追い込めたと聞いてるよ』
「……そっか。なぎささんと加藤先生の友達……死んじゃったんだ」
ホットミルクに混ぜるココアパウダーの袋を胸に抱えた。
このメーカーのココアパウダーが美味しいと有紗に教えてくれたのはなぎさだ。早河探偵事務所に行けば有紗用に同じ製品が置いてある。
『お父さんも警察に呼ばれているんだ。捜査協力と言うのかな。捜査の手伝いをしてくるよ』
「お父さんの協力がいるの?」
『捕まったカオス関係者の何人かの精神面の診断をしてほしいと協力依頼が来た。犯罪心理学はお父さんの専門ではないけど頼まれてしまったからね。今日は帰りが遅くなるかもしれない』
「わかった。ねぇ、もう外に出てもいい?」
9日に有紗が通う聖蘭学園で発生した惨劇の後、PTSDの発作を起こした有紗は父から外出禁止とされていた。
『いいよ。あまり遅くならないようにね。人の多い場所もなるべく避けて』
「うん」
ココアを作ってリビングに戻る。部屋着のポケットに入れた携帯電話のメール画面を開いた。
(早河さんはきっと忙しいよね)
早河に会いたい。会って彼に謝りたい。
自分の幼稚な聞き分けのなさによって早河となぎさを傷付けたのではないかと気になっていた。
早河よりも臨床心理士の神明の仮面をつけた貴嶋佑聖を信じたいと思った自分がどれだけ愚かで幼稚だったか冷静になった今ならわかる。
あの時の早河の悲しそうな顔が忘れられなかった。
(今日は事務所に行くのは止めよう。なぎささんも辛い時だし……)
今は早河となぎさに連絡を取ることも遠慮してしまう。友人を亡くしたなぎさにかける言葉も見つからない。
午前中に父が仕事に出掛けた。有紗は朝昼兼用のタマゴサンドイッチを作って食べてから、身支度を整えて昼過ぎに家を出た。
朝は薄曇りだった空にも今は青空が覗いている。カーキ色のモッズコートを羽織って自転車に乗った。
久しぶりの外出にペダルを漕ぐ足も軽くなる。今日は友達と遊ぶ予定はない。ただずっと家に閉じ籠っていた反動で今日は外に出たかった。
父には人の多い場所は禁止されていたが服や化粧品の買い物はしたい。少しの時間なら街に出てもいいだろう。
自宅の最寄り駅から電車に乗って恵比寿駅に出た。
恵比寿のショップで雑貨や服を見て、ドラッグストアで欲しかったアイシャドウとリップを買えて気分がいい。服もセールで安くなっていたニットとスカートを購入した。
まだ午後3時。帰る気にはなれない有紗は学校帰りによく立ち寄る恵比寿駅前のカフェに足を向けた。
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