story1.キャラメルマキアート

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12月19日(Sat)  自室のローテーブルに広げられた化粧品、ベッドの上には洋服が散乱している。 「どうしよう。せっかく早河さんとのデートなのに……」 今朝起きてからずっと着たい服が決まらず、有紗は姿見の前で悩み続けていた。  今日は早河と会う約束をしている。先週の日曜日に早河に誘いのメールを受けた。 早河からデートに誘われたことは今までになく、最初は舞い上がった。 でも彼と会うのはあの日以来で気まずさも残る。普段は自分からはデートに誘わない早河からの誘いの連絡にいつもとは違う予感も感じていた。 (今はまだ余計なことは考えない。早河さんに会えるんだもん。緊張するけど……) 服を決めてメイクをして髪も巻いた。11時には早河の迎えが来てしまうが支度はなんとか間に合った。 「お母さん、今日も一日、有紗を見守っていてね」 早河から去年のクリスマスプレゼントに貰ったバッグの中に金平糖の入った猫柄の巾着袋を入れる。この御守りはいつも忘れない。 「お父さんー。早河さんとデート行ってくるね……ええっ! 早河さんっ!」 『そんなに驚くなよ』  リビングに顔を出した有紗が大声を上げた理由は早河がリビングで父と談笑しながらコーヒーを飲んでいたからだ。 「なんで早河さんがうちのリビングでコーヒー飲んで寛いでるのっ?」 『なんでって言われてもなぁ。お前迎えに来て待ってたらお父さんが家に入れてくれたんだよ』 早河は対面する父と顔を見合わせて苦笑いする。有紗は恥ずかしげに巻いた髪の毛先を指で弄んだ。 『じゃあ高山さん。お嬢さんお預かりします』 『ええ。有紗、楽しんでおいで』  父は娘が恋い焦がれている相手の早河を招き入れて談笑し、早河と出掛ける有紗を快く送り出している。以前から不思議に思っていたが早河と会うことについて父は何も言わない。 父親とはそんなものなのか? それとも相手が早河だからいいのだろうか? 父と早河の間にある信頼関係がそうさせているのかもしれない。  家の前には早河の愛車が駐まっていた。何度も乗っている助手席に座り、車が出発する。車内にはいつもと同じようで何かが違う雰囲気が漂っていて何を話せばいいかわからない。 「お仕事忙しい?」 『それなりには。有紗は体調どうだ?』 「今はもう元気」 思うように会話が続かない。元々、口数の少ない早河との会話では有紗が一方的に話すことを早河が聞いて、面倒くさそうにしながらも有紗の相手をしてくれていた。 早河のそういう優しさが好きだ。13歳上の男への恋心は憧れであって恋じゃないと言う人もいるけれど早河への想いは確かに恋だ。 「なぎささんはどうしてる?」 『昨日から北海道に行ってる』 「北海道?」 車は有紗の住む街を抜けて大通りを走行する。行き先は有紗が指定したある場所だ。 『なぎさの友達のカオスのクイーンが死んだことはお父さんに聞いてるだろ?』 「うん……」 『クイーンの故郷が北海道なんだよ。なぎさはクイーンの遺骨を埋葬するために……な。それがアイツの役割だから』  なぎさの話をする早河の横顔は穏やかで優しい。気付きたくなかった真実に有紗はまだ気付かないフリをした。 「なぎささんは早河さんが今日私と会うこと知ってるの?」 『知ってる』 今日早河と有紗が会うこともなぎさは了承済み。苦くて暗いドロドロとした感情が心を支配する。 目を閉じて早河に気付かれないように小さく深呼吸をした。今日だけは、今だけは。 (私が独り占めしてもいいよね……?)  数十分車を走らせて着いた場所は遊園地。有紗が行きたいと言った場所だ。 満車に近い駐車場からは大きな観覧車やジェットコースターが見えた。 「遊園地に行きたいなんて子供っぽいって思ってる?」 『有紗らしくていいんじゃないか?』 早河は笑っていた。その笑顔にまた心臓がうるさくなる。やっぱりこの人が好きだと実感する。 『まず昼飯にするか』 「うん!」 駐車場を出て遊園地の隣に併設された複合施設のハンバーガーショップに入る。店内は家族連れやカップルで賑わっていた。 『もうすぐ高校卒業だな』 「春からは短大生でーす」  有紗はすでに短大の受験が終わって合格を貰っている。四年生大学進学を目指してセンター試験を1ヶ月後に控える同級生よりは気楽な立場だ。 有紗と同じくらいの歳の男女がハンバーガーの載ったトレイを抱えて早河の横を通り過ぎる。有紗と一緒にいる時に早河は毎度思うことだが、自分達は周りからどのように見えているのだろう。 『まだまだ高校生だと思ってたのにな。もう卒業か』 「早いよね。きっとあっという間にハタチになっちゃうんだろうなぁ」 有紗は何気なく言った言葉でも早河には重たく響く。彼女もいつまでも高校生ではない。 あっという間に成人を迎えて大人になってしまう。ケジメをつけるなら今しかない。  早河のホットドッグと有紗のハンバーガーを入れた紙袋を持って店を出る。12月の寒い日だったが天気も良好で日向が暖かい。 遊園地の入場口のすぐ側の芝生に座って二人は昼食にありついた。遊園地で遊ぶ人々の歓声がBGMみたいに流れてくる。 「早河さん、あの時はごめんなさい。早河さんとなぎささんの気持ちも考えずに私……」 食べかけのハンバーガーを膝の上に置いて有紗は顔を伏せた。貴嶋佑聖を擁護したと捉えられてしまう発言をしたことで早河となぎさを傷付けてしまったのではないか、二人に嫌われたのではないかと不安だった。  早河はホットドッグの最後の一口を口に放ってカップのコーヒーをすする。ハンバーガーショップのコーヒーは特に美味しくもなく不味くもなく、普通のインスタントコーヒーの味がした。 『有紗の気持ちは俺もなぎさもわかってる。あの状況じゃお前が混乱して戸惑うのは無理もない。俺の方こそキツイ言い方してごめんな』 ポンポンと早河の大きな手で優しく頭を撫でられて、堪えていた涙が有紗の瞳から溢れた。 「私のこと嫌いになってない?」 『嫌いになるわけないだろ。だいたい、嫌いになってたらこんな風に一緒に出掛けたりしない。……ん』 ピックに刺したナゲットを早河は有紗の口元まで運ぶ。口を開けて早河に食べさせてもらったナゲットは特別に美味しく感じた。 有紗は涙をハンカチで拭いて少し冷めたハンバーガーを食べ始めた。 「どうして私をデートに誘ったの?」 『デートじゃねぇよ』 「どう見たってデートでしょぉ?」 『どう見たってオジサンが姪っ子の子守りしてるようにしか見えねぇだろ』  ぎこちなかった会話にいつもの調子が戻ってきた。これでいい。早河とのこんなやりとりが嬉しくてたまらないのだから。
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