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一周したゴンドラが再び地上に辿り着く。早河と手を繋いで有紗はゴンドラを降りた。
短くて長い、一瞬の永遠の時間だった。
『どうする? 帰るか?』
「あと少しで遊園地のイルミネーションが始まるんだ。それまでいていい?」
『いいよ』
もうすぐ午後4時。日暮れと共に園内がライトアップされる時間だ。
夕暮れの空を背景にイルミネーションがぽつぽつと点灯を始めた。この時間になると園内に家族連れの姿は少なくなり、カップルの姿を多く見かける。
繋がれたこの手を離さなければいけない時間が迫っている。けれどもう少しだけ、もう少しだけ、この人を独り占めさせてください。
有紗はメリーゴーランドの柵に手をかけてライトで輝く回転木馬の屋根を見上げた。子供の頃は遊園地に来ると必ず乗っていた大好きなメリーゴーランド。
いつの間にか乗らなくなった木馬を見つめていると子供時代に母と一緒に乗った記憶が甦った。
「今日で早河さんとデートできるのは最後になるんじゃないかって思ってたの。だって早河さんからデートに誘われたの初めてなんだもん。絶対何かある! って思っちゃった」
有紗の斜め後ろに早河が立っている。動かない木馬が二人を見つめていた。
「その何かが嬉しい進展だったら良かったんだけどねっ。告白されたらどうしようーって。そんなことあるわけないのに」
早河の手が有紗の肩に触れる。彼女の肩は小刻みに震えていた。
振り向いた有紗は彼に抱き付いた。
「最後のお願い聞いて欲しい」
『なんでも言え』
「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ぎゅうって抱き締めて欲しい。これでワガママは最後にする」
有紗の身体を早河の腕が包み込み、胸元で震える頭を撫でてやる。もう有紗にはこれくらいしかしてやれない。
「早河さんを好きになってよかった。早河さんのことは諦めるけど、ずっと大好きだよ」
『ありがとな。俺も有紗のこと大事に想ってる』
「だけど一番大事な人はなぎささんだよね?」
胸元から顔を上げた有紗は涙目で微笑した。イルミネーションに照らされた彼女の顔立ちからは1年前の幼さは消え、大人っぽく綺麗になっていた。
早河も微笑み返す。知らないうちに彼女はこんなにも成長していた。嬉しくもあり寂しさも残る。
「大学生になったら早河さんよりもイケメンな彼氏作って見せびらかしてやる! もっともっとイイオンナになって、悔しがらせてあげるからねっ。逃がした魚はおっきいんだよ?」
『ああ。惜しいことしたと思うくらい、いい女になれ』
有紗を抱き締めて彼は目を閉じた。大事な存在だからこそ嘘はつけない。
「でも早河さん、いつかジェットコースターに乗らないといけなくなるかもね」
『なんでだ?』
「子どもが生まれたらジェットコースターはパパが一緒に乗ってあげないと!」
『……そういうものか』
「そういうものでしょ。頑張れ、パパ!」
『まだパパにもなってねぇよ』
ペロッと舌を出して顔を上げた有紗はいつもの無邪気な笑顔を浮かべていた。
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