1.白い洞窟のトラットリア

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 園美のアイスティーと真緒のアイスコーヒーが運ばれてくる。パスタの到着を今か今かと待ちながら二人はお喋りに興じた。 「式の準備順調?」 「それがさぁ、慎二くんの親が色々と口を出してきてうるさいの。私達のための式なのにいまだに結婚式は親のためのものって感覚があるんだよね。式の費用だって私達は自分で出してるんだから好きにやらせてくれって思う」  真緒は9月に結婚式を控えている。街コンで知り合った恋人の慎二とは交際1年でのゴールインとなった。 「園美、スピーチよろしくね」 「緊張するなぁ。スピーチなんて初めてやるから」 「高校の時に生徒会長としてみんなの前で演説してた園美なら大丈夫だって。泣けるやつを期待してるよん」 園美は真緒の披露宴での新婦の友人代表スピーチを頼まれてしまった。園美が生徒会長をしていたのは高校時代の話。あれから大勢の前で発言をする機会はめったにない。 「園美もそろそろ彼氏作れば? もう前の人と別れてかなり経つよね」 「うん。別れて2年かな」 「まだ引きずってるの?」 「さすがにそれはないけど……」  どうして結婚する女は皆揃ってなるんだろう。 誰かこの症状に名前をつけてくれないかと園美は切に思う。即興でマリッジハイ症候群とでも名付けておこう。 自分が結婚するからと言って、まだ未婚の友達に結婚は? 彼氏は? と催促して、恋愛していないのは女として勿体ないなどと上から目線で説教を始める。親でもないのに勘弁して欲しい。親であっても勘弁してもらいたいのに。 だから結婚間近の友達や結婚直後の友達とは園美はあまり会いたくないのだけれど、表立って今は会いたくないとは言えない。  恋愛しなくてもそれなりに幸せだ。仕事は大変だけどやりがいはあるし、住みたかった憧れの物件に住めて、欲しいモノが躊躇なく買えるくらいの財力もある。  給料日の直後はデパートのコスメフロアに寄ってワンランク上の化粧品を買い、気分を上げるためのランジェリーや靴、好きな作家の新作の文庫本にもお金は惜しまない。ひとり映画やひとり美術館、ひとり居酒屋だって経験している。 そんなドラマの主人公のような大人の女としての生活を園美は手に入れていたし、今の自分に不満もない。  ただ時々、人肌が恋しい夜はあった。誰かの腕に抱き締められて泣きたい夜もある。  だけどこの歳で新しい恋を始めるのはちょっぴり勇気がいる。誰かと付き合うとなると意識をしなくても結婚と出産の二文字が後ろを追いかけてくるようになった。 この人とは結婚できるのか、この人の子供を産めるのかこの人は良い父親になれるだろうか……恋愛をしてもそんなことばかり考えてしまう。  女には目に見えない、でも目に見えてわかる“女のタイムリミット”がある。 日本は特に若い女こそが華だと言われている。女のピークはハタチまでと豪語する男も女もいて、30歳を目前にした女達は生きにくい。 30代に言わせれば20代は子供だ。20代にとっても10代は子供。だが40代、50代以降の婦人から見れば30代の女も20代の女もまだまだ青い、未熟者。それなのに20代後半の女は自分はもう女として一人前だと思い込んでいる。  本当はピークや売れ時なんてものないのに、〈私の女の賞味期限はいつ?〉と気にしている。そんなものはないと口で言うのは簡単だ。 だけど女は常に同年代の女にジャッジされ、年上、年下、同年代、すべての年齢層の男にジャッジされ、勝手に賞味期限を決められる。 そんな年齢に差し掛かっている園美はもうすぐ29歳の誕生日を迎える。  何も考えずに“好き”の気持ちだけで恋愛ができていたのは大学時代まで。白馬の王子様を待っていられたのはずいぶん昔。今は待っていてもそんな人は現れない。  結婚式の準備が大変だと愚痴をこぼしつつも真緒は幸せそうで、それが少しだけ、鬱陶(うっとう)しくて羨ましかった。
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