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雪斗が切り分けた桃を入れたガラスの器とグラスを持ってきた。テーブルには他に麦茶のような色合いの液体が入るボトルとソーダ水のペットボトルが置かれる。
『店でアイスティーを頼まれていましたよね?』
「ええ。コーヒーが苦手で……。紅茶党なんです」
『水出しで作ったアイスティーをソーダで割ると美味しいんです』
「ソーダ? お酒じゃなくアイスティーをソーダで割るんですか?」
『飲んでみます? ダージリンのアイスティーソーダ割りです』
雪斗は氷を入れたグラスにアイスティーを注ぎ、その上からソーダ水を注いだ。シュワシュワと炭酸の泡が氷の周りを踊る。見ているだけで涼しげだ。
雪斗からアイスティーのソーダ割りのグラスを受け取り、一口飲んだ。すっきりとしたダージリンの風味にシュワシュワのソーダが混ざりあって喉を通る。とても清涼感のある飲み物だった。
「美味しい!」
『水出し紅茶とソーダがあれば作れますからぜひ家で作ってみてください』
雪斗は自分の分のアイスティーのソーダ割りを作ってソファーに座った。同じソファーに座る園美と雪斗の距離は人ひとり分空いている。
彼は桃をかじり前を見据えている。園美もフォークに刺した桃を口に入れた。
気まずい空気が流れている。どちらも会話を始めない。
『……軽い男に思われたくないからこういう時にどうすればいいのか、わからないんですよね』
独り言のような雪斗の独白だった。園美は桃と紅茶の味が広がる口元を結んで横目で彼を捕らえる。雪斗も横目で園美を見た。
絡み合う視線は付かず離れず、人ひとり分空いた距離がもどかしくて、でもそれがふたりの最後の砦だった。
『園美さんは俺が女を簡単に部屋に誘う男だと思ってます?』
「それを言うなら……私が男の部屋に簡単に入る女だって思っていますか?」
沈黙が続く。どちらも否定できる答えを持ち合わせていない。だって二人は出逢ってまだ二回目なのだから。
『園美さんはどっちでしょうね』
「私も雪斗さんはどっちなのかなって考えてるところです」
また沈黙。にらめっこしましょ、笑うと負けよ……二人は同時に笑い出した。
笑って笑って、喉が渇いた喉にアイスティーのソーダ割りが染みる。
『駆け引きは疲れますね。柄じゃない』
「ですね。私も柄じゃないです」
『駆け引きを止めてストレートに白状すると、あなたがあのピアスをいつ店に取りに来るのか心待ちにしていました。OLさんのようだったから来るとすれば平日のディナータイムかもしれない、だからディナータイムになるとそわそわ落ち着かなくて今日も来なかった、また来なかったって今度は落ち込んで』
この恋に深入りしないとさっき決めた自分との約束を園美は守れそうもなかった。
じわりと熱くなる目元に涙の予感。身動ぎした彼女は雪斗との間の人ひとり分の距離を数センチ詰めた。
雪斗も園美との距離を埋める。数センチずつ距離が近付いていくふたりは、やがて0センチの距離になった。雪斗の腕が園美を抱き締める。
『初めて会った時からあなたが好きでした』
雪斗の告白に園美は涙で潤む瞳で微笑んだ。彼女も同じ事を考えていた。
先週のあの瞬間。園美と雪斗は同じ瞬間に同時に恋に落ちた。
園美が落としたガラスの靴はすずらんのピアス。鈴蘭の花言葉は〈再び幸せが訪れる〉
カッペリーニの上に載るフルーツトマトみたいなひやりとした唇を重ねる。やがてフルーツトマトの味がした唇は桃とアイスティーの味に変わる。
夏の味がするキスだった。
―END―
※園美と雪斗のその後は、女刑事と殺し屋をW主人公とするロミジュリミステリーシリーズ【ミドエンシリーズ】でご覧になれます。
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