言って、言わないで。

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◇ 会いたいけれど、会いたくないという思いが心のどこかにあったのか、二十日の夜になっても帰ってこない葵衣に、少しだけホッとした。 予定通りに出張と被ってしまい、今日も明日も友紀さんはいない。 こんなときに帰って来られたら、わたしは葵衣にどこまで触れてしまうかわからない。 数日間、ずっと考えていた。 慶の言う通りにするのが一番良いのではないかって。 慶に言い返す言葉も見つからないまま、日菜に相談も出来ないまま、橋田くんと上手く話せないまま、時間だけが過ぎていく。 葵衣の誕生日に、何か物を用意しているわけではなかった。 帰って来るかどうかがわからないから、ではなくて、毎年こうなのだ。 好みはお互いに熟知しているはずだけれど、最後にプレゼントを渡し合ったのは、両親が生きていた頃。 誕生日の前後に欲しいものを聞いて、渡すことはたまにしていたけれど、今年はそれすらないのだろう。 今日、帰ってくるかどうかの確認さえも、葵衣に聞けなかった。 日付が変わる数分前になっても連絡ひとつ寄越さないなんて、敢えてそうしているにしても薄情過ぎる。 散々迷って作った豪勢な料理に、端からラップをしていく。 小さなベルの音がソファに置いていた携帯から響いたのは、ちょうど最後の皿にラップを被せたときだった。 わたしが自分で設定した、バースデーミュージック。 虚しくなるだけだから切っておこうと思っていたのに、後回しにしているうちに日付が変わってしまったらしい。 可愛らしい音楽が響き続ける中、手を止めて耳を澄ませる。 穏やかな音楽とは裏腹に、心の中には小波が立つ。
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