言って、言わないで。

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何が誕生日だ。 帰って来ないのならと、葵衣にはメッセージを送ることも電話もしなかった。 祝ってほしいわけじゃない。 祝いたいわけでもなかった。 以前よりも貪欲に葵衣を求めている。 知ってしまったからだろう。 葵衣の体温を。葵衣の、熱を。 身体を重ねたわけではないけれど、この間の一夜でわたしには十分だった。 葵衣がそこにいたら、わたしはきっとその背中や胸に触れたがってしまう。 突き放すどころか、しがみついて離れない。 もう、自分の力では葵衣を突き放すことすら、出来ない。 だから、葵衣の方から距離を置いて保っていてくれることがありがたい。 あと、一年と少し。 二度目はない、二度とない、残りの時間を今度こそ刻み付けていきたい。 幸い、誕生日を共に過ごすチャンスは来年にもある。 これからだ。 冬が過ぎて、春が来たら、葵衣と過ごす最後の一年が始まる。 寂しいのか、悲しいのか、安堵しているのか。 わたし自身、よくわかっていない。 慶や日菜があんなだから、葵衣に手を伸ばすことがそれほど悪いことではないように思えてしまうことが、たまにある。 けれど、わたし達はまだ十七歳になったばかりで、これまで生きてきた世界の狭さに無知であることを覚え、今立っている場所がたくさんのものに守られていることを知っていたって、いつかそれらは崩れていくし剥がれてしまう。 全力で止められたら、全力で反発して傷付け合うくせに、いっそ葵衣に伸ばす手を縛り付けてほしいほど、外的な何かに止めてほしかった。 そうでないともう、止まれない。 期限があるからと、不用意に葵衣に近付こうとしたせいだ。 気付いたときには、引き返せないところまで来ていた。 わたしが自分の力で出来ることは、これ以上一歩も進まずに留まること。 そうしていれば、いつかは葵衣の姿が見えなくなるだろう。 暗く深い闇の中に取り残されるのが、わたしだけだとしても、葵衣までを巻き込むことは出来ない。
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