言って、言わないで。

32/37
前へ
/132ページ
次へ
決意を繰り返すたびに、脆くなる。 より強固にしているはずなのに、最初からヒビ割れているような、そんな感覚。 心のどこかにいつも、葵衣と生きる未来を望んでいるからだ。 葵衣の未来を閉ざすわけにはいかない。 これから知る、広い広い世界のすべてを欠けることなく葵衣に見させてあげるためには、この心は何よりも邪魔になる。 まだ鳴り続ける音楽を止め、ソファに顔を突っ伏す。 クッションを手繰り寄せて抱きしめると、少しだけ落ち着いた。 冷静になってようやく、どこから来たかもわからない焦燥に駆られていたことに気付く。 疲れきった身体も頭も、おかしくなっているらしい。 わたしは葵衣を好きになりたかったのではない。 むしろ、こんな気持ちはいらないとさえ思う。 どうしても、葵衣のことが好きで。 けれど、葵衣を好きでいたいわけではなくて。 いっそ、何に代えても、何を奪って犠牲にしてでも葵衣がほしいと言えたのなら、どれほど楽になるか。 口に出して言えないのは、そこまで気持ちが追い付いていない、というのも事実だった。 指先が触れる場所に置いてある携帯の電源を落とす。 どうせ、葵衣からの連絡はない。 あったとしても、メッセージで済ませられたら、わたしはまた自分でも面倒なくらいに落ち込んでしまう。 それなら、誰からのメッセージもメールも電話も受け取らない。 どこまでも葵衣が中心にいることを、葵衣に染まっているというのなら、立派な依存だと思う。 葵衣がずっと遠くへ行ってしまえばいい。 わたしが探して駆けて手を伸ばしても届かないくらい、遠くへ。 葵衣がいなくたって、生きていける。 葵衣がいるから、葵衣を求めてしまう。 あと、少し。 あと、一巡りだけだから。 痛むくらいならいくらでも我慢をする。 ひび割れるくらいなら何度でも庇ってあげる。 だから、溢れてこないで。 葵衣に届きたいって、望まないで。 振り回しているのはわたし自身だというのに、そんなエゴのすべてを引き受けて痛み叫ぶ心の在り処を手で押さえ込む。 そうすると、顔を出しかけた想いが引っ込んでいく気がするのだ。 あくまでも、気休めで気の所為なのだけれど。
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加