言って、言わないで。

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リビングの電気を消さずに自室に戻る。 ひとつひとつの動作に気を張ってしまって、ふとした瞬間に緩んで瓦解してしまいそうだから、余計なことはしたくなかった。 レースカーテンだけが窓ガラスに沿って揺れ、月明かりが部屋の中を満たす。 淡くて、危ういほどに綺麗な目の前の光景に息を飲んだ。 足元から攫われるような恐怖感があって、窓に近付くとすぐにカーテンを引いた。 物の輪郭が見える程度に暗くなった部屋の中、長年過ごしてきた感覚だけでベッドに倒れ込む。 目を閉じて、また開くとき、二十二日の朝であればいいのに。 きっと、そんなことはなくて、わたしは目が覚めたあとの一日をどんな風に過ごせばいいのだろう。 ひとつだけ組み込まれてある予定は括弧付きで、わたしは行けない、行かないとはっきり言った。 葵衣のこと、慶のこと、日菜のこと、橋田くんのこと。 ひとつずつ除外していくのなら、橋田くんが一番だと思ってしまえる自分が、少しだけこわい。 曲がりなりにも恋人として半年共にいるのに、何の情も生まれていないのだから。
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