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「……橋田くん」
息を荒らげる橋田くんの肩越しに倒れた自転車が見える。
ここまで自転車で来たのだろうか。
電車が止まっているわけでもないのに、どうして。
「返信、なかったからもしかしてと思って……まさか、本当にいるなんて……」
「メッセージ、くれてた?」
「うん。って、見てないんだ。その言い方」
声音だけでは橋田くんが怒っているのか心配しているのかもわからない。
それくらいわかるようになっているつもりだったけれど、面と向かって言葉を交わすことでさえ積極的にはしてこなかったのだから、肝心なときに察することが出来ないのも当然のような気がした。
「真野さんが本当にここに来る気がないのなら、一方的に約束を取り付けて待ってるのは自分勝手だと思ったから、無しにしようって送ったんだよ。返信がないから来てみたらいるんだもんな、真野さん」
「返信しないことなんて、これまで何度もあったのに?」
「これまではスルーされていただけでも、今回は違うかもしれないだろ」
「……ごめんね」
「それ、何に対して?」
これまでのことと、今日のことだ。
体のいい無視をしていたことを肯定していいものかと押し黙っていると、耳元で橋田くんが笑った。
「いいよ。真野さんらしいからさ」
わたしらしいって、何だろう。
橋田くんだって気付いているはずなのに。
今更だからではなくて、わたしと橋田くんの関係が卑怯な糸で縫い止められたあの日には知っていたはずのこと。
橋田くんではなくて、葵衣とわたしのすれ違いが彼を少なからず巻き込んでいた。
素知らぬフリはせず、ただ差し出されるだけの優しさが苦しかった。
「前に言ってたよね。好きな人を好きだった人にしないといけないって」
ほんの少し、わたしと橋田くんの間に隙間が出来る。
橋田くんを見上げるよりも先に、紺色のマフラーを巻かれた。
指先が頬を掠めて、包み込む。
「まだ、好きなんでしょう」
この期に及んで嘘を吐く意味なんて、ない。
葵衣とわたし自身に、もう嘘はやめようと言ったのだから。
「……まだ、好き」
けれど、いつかは絶対に過去形にすることが出来るから、それまで待っていて。
虫のいい話だということはわかってる。
どこまで橋田くんの優しさに漬け込めば、申し訳なさが先立ってこんな関係に終止符を打とうと思えるのだろう。
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